●地方野菜研修旅行(いわき小名浜菜園、照沼勝一商店)レポート●
【開催日】
2007年10月27日(土)〜28日(日) バス1泊旅行
【見学先】
農業生産法人いわき小名浜菜園(大規模トマト菜園)・ 照沼勝一商店(干しいも生産)
【参加者】
15名
【日 程】
<27日>8:00代々木駅集合→いわき湯本IC→割烹一平(昼食)→いわき小名浜菜園視察→いわき湯本温泉「古滝屋」泊
<28日>朝食後8:30出発→六角堂・五浦美術館見学→照沼勝一商店(さつまいも工場見学)→那珂湊おさかな市場・和風レストランやまさ(昼食・買い物)→那珂川ひたちなかIC→代々木着19:00
<27日>
 当日は朝から生憎の雨で、参加者の気持ちも少し沈みがちでしたが、いわき小名浜菜園に着くや、雨などまったく気にする必要がない研修だったことがよくわかりました。
 いわき小名浜菜園は、カゴメ鰍ェ出資・支援する農業生産法人。市とタイアップして会社が農業を経営する意味でも注目を集めています。白く広大な工場のように見えた建物に私たちのバスは横付けされ、小林継基社長、カゴメ本社執行役員の佐野泰三氏に迎えられました。早速、菜園の成り立ちをうかがい、その後、驚きの連続の貴重な菜園見学となりました。
◇東京ドーム4個分の巨大菜園
 まずは、菜園の概略から。大手トマト加工メーカーであるカゴメ(株)は1998年から生食用トマト事業に乗り出し、茨城、広島、高知、千葉などに大規模な菜園を作ってきましたが、2004年2月、6番目に誕生させたのが、このいわき市小名浜の大規模ハイテク菜園です。いわき市は、年間日照時間が2000時間以上と長く、かつ1年を通して寒暖の差が比較的少ないなどトマト栽培に最適な自然環境を備え、また東京や仙台などの大消費地に近いという利点がありました。
 菜園の規模は、総面積19,6ヘクタールと、東京ドーム4個分に相当する広大な敷地に4つの温室、つまり東京ドームが温室になって4つ連なっているところを想像すれば、広さのイメージがつかめるかもしれません。室内の移動は自転車で、それでも4〜5分はかかるとか。栽培されるトマトは約25万株。養液栽培による菜園としては東洋一の規模を誇ります。
 初年度は業務用に果肉がしっかりしたカゴメデリカトマトを出荷し、現在は3作目。栽培品種はカゴメオリジナルで、デリカトマトの他、ラウンドトマト、プラムトマト、キッズチェリー、高リコピントマトなど7種に及びます。いずれも、「コク」があって「実」がしっかりしているところから、ブランド名は「こくみトマト」。そしてこのトマトのこだわりは、「安全・安心」「高品質・高収量」「環境保護」。こだわりを支える栽培システムが、まさにいわき小名浜菜園の特長で、それを私たちはつぶさに見学することになりました。
◇SF小説の中の野菜工場?!
 いよいよ菜園へ。一般の食品加工場に入る時と同様に白い衛生服を着用し、アルコール消毒などを経て、ドームのような温室に入ります。そこに広がっていたのは、見渡す限り、整然と何列にも並んだトマトの苗の連なり。まるで未来の野菜工場のようで、全員、感嘆の声をあげました。
 栽培方法は、土を使わず、天然の玄武岩から作られたロックウールを培地とした養液栽培です。ただ、このロックウールは使用後に産業廃棄物にせざるを得ないので、土に戻せるココヤシの繊維を使った培地を試し始めたそうです。ココヤシのほうが保水力・復元力があるので、トマトの栄養の吸収がよく、従って食味もよくなるのだとか。漸次改善しながらの栽培は、随所で聞かれました。養液の余剰分は殺菌後に再利用され、土壌への浸透や流出を防いでいます。
  見上げると、トマトの木の先は誘導フックに吊されてあり、収穫は作業員の目線に合わせて移動させながら効率よく作業できるようになっています。吊す糸は、トマトがほぼ1年間成長するのに見合った長さ分だけ巻かれているとか。
 トマトの受粉には在来種のクロマルハナバチを利用して、生態系に配慮した自然交配を行っています。トマトの花には蜜がないので、花粉をとって砂糖水を混ぜてから幼虫に与えるなどの苦労も知りました。
 また、水を電気分解した電解水を噴霧して殺菌、昆虫や納豆菌などを利用した生物農薬やトマトの病気に抵抗性をもたせる植物ワクチンの利用など、なるべく化学農薬を使わない安全・安心のための配慮がなされています。
 ハウスの暖房には、クリーンエネルギーであるLPGを使用し、湯を通したパイプで床暖房。LPGを燃焼させることで出る二酸化炭素は回収し、温室内に循環させて光合成に再利用もしています。天窓の開閉、遮光と保温を兼ねたカーテンなど、温度管理のための工夫も数々見られました。

 栽培に欠かせない水は、温室の屋根に降った雨水を敷地内の貯水池に溜めて再利用。10日分に相当する7,000トンの容量があるそうです。
 今年2月には、葉や茎などの植物残渣処理を行う施設も完成し、できた堆肥を近隣農家に安く販売するという循環システムも起動し始めました。
 この菜園で育つトマトの木は15mの高さにもなり、35〜40段の多段採りで、10か月に渡って品質のバラつきもなく収穫できるのだとか。そしてその日の内にパッキングされ、早いものは翌日、遅くとも翌々日には店頭に並びます。
 まるでSF小説の中のようなトマトの生育環境をコントロールするのは、コンピューターによる世界最先端の制御システム。なるほど!と納得しかけましたが、こんな話もうかがいました。
 4つの温室を管理する各区長の責任は重く、夜明け前に来ては、生長点や葉の様子、花の色など、いわばトマトと会話して温度・湿度、肥料の管理を行うのだとか。また、病気予防の管理も人間ならではで、よく見ると培地は2株単位で分かれており、ハサミは1畝に1本専用で兼用はしない、使ったら消毒するなど、予防が徹底されていました。
 相手もトマトという生き物であり、人による行き届いた管理があってこそのコンピュータ制御なのだと再認識もした体験でした。

◇調理用トマトを広めたい
 工場見学を終えて、再び会議室で話し合いがもたれました。トマトはリコピンなどの抗酸化作用のある機能性成分が豊富で、健康によいことがわかっています。「トマトをサラダなどの生だけでなく、煮たり炒めたり、もっと調理してたくさん食べることを広めたい」と佐野氏。果肉がしっかりしたいわき小名浜菜園の「こくみトマト」は、確かに調理用によさそうです。そのためには、作り手と売り手が手をつないで消費者に働きかける必要があるでしょう。参加者から、そのための問題点や具体的な提案がなされたり、活発な意見が交わされました。
約3時間にわたるいわき小名浜菜園見学を終え、バスで宿泊先の温泉「古滝屋」へ。自慢の露天風呂は、当夜は雨で入れずに残念でしたが、翌朝に満喫した人も多かったようです。

 

<28日>
 2日目は、昨日とうって変わったすばらしい秋晴れ! 8:30にバスで出発し、太平洋の荒波が打ち寄せる風光明媚な五浦海岸へ。五浦は岡倉天心ゆかりの地として知られています。天心が思索にふけった六角堂、彼の弟子だった横山大観、下村観山、菱田春草などの日本画も展示する五浦美術館を訪ねた後、次の見学先である東海村の「照沼勝一商店」に向かいました。
◇チャレンジする地域農業のリーダー
 照沼勝一商店は、さつまいもの生産・販売、さらに干しいも加工・販売を手がける農業生産法人。元々200年続く代々の農家で、現社長の勝浩さんは20代目に当たります。当日は日曜日だったこともあり、生産・加工の現場は見られませんでしたが、土壌改良に試行錯誤するさつもいも生産の現状を中心にお話をうかがったり、広い敷地内に何棟もある瓦葺きの立派な貯蔵庫、新設した干しいも加工場などを案内いただきました。
 さつまいも生産は、茨城が鹿児島に次いで全国2位、それを加工した干しいもは全国の8割以上が茨城産です。中でも海に近い東海村はさつまいも生産の北限地で、甘くてモチモチした干しいもに最適ないもが収穫され、冬場の乾燥した気候が干しいも作りに最適とされています。
 約60ヘクタールの畑でさつまいもを栽培し、大手スーパーで人気の、業界ではトップブランドの干しいもを加工販売する照沼さんは、この地のいわばリーダー的な存在。土壌消毒がつきものだったさつまいも畑に疑問をもち、いっさいの消毒や農薬をやめ、自然と調和した農業へと、土作りから様々なチャレンジをしている過渡期にあるそうです。
「農産物をとりまく現状は、いろいろな意味で変革を求められ、期待もされている時」との認識で、「安心・安全でおいしい」を追求しています。トレーサビリティの確立、茨城県最高品質農産物研究会を設立して野菜の中身を科学的に証明しようとする試み等々。
 照沼さんの心意気は、新設の干しいも加工場にも表れており、案内された白くて大変衛生的な建物がそれと知って、一同目を見張りました。そこでは、いもを蒸して、手作業で皮をむき、遠赤外線で乾かす一連の作業が行われます。地域にとっては、1年を通して働ける場という意味でも念願だったよう。干しいもだけでなく、ドライフルーツや野菜の加工などにも広げていく予定と聞きました。
 将来に向けて種をまきながらチャレンジをしている照沼さんだからこそ、すでに大きな収穫ともいえるものがあります。それは、20代の男女が8人も、農業をやりたいと入社していることです。一般の干しいも農家の平均年齢が72,3歳と聞くと、これがどんなに夢のあることかわかろうというものです。私たちもエールを送りながら、見学を終えました。
この後、全国でも有名な那珂湊のおさかな市場で、おいしい刺身ランチをいただき、銘々シーフードのおみやげも買って、予定どおりの帰途につきました。
当初、参加者が若干少なめで危惧された研修旅行でしたが、農業法人という新しい形態の農業の可能性を考えさせられたすばらしい体験でした。いわき小名浜菜園、照沼勝一商店の各関係者の皆様、大変お世話になりまして、ありがとうございました。

(文責/野菜と文化のフォーラム理事 脇ひでみ)

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