●野菜と文化のフォーラム 総会セミナー●
●「小売店頭に見る有機野菜表示をはじめ安全野菜表示について」●
【開催日時】
平成20年5月22日(木)14:30〜16:00
【会場】
女子栄養大学 駒込校舎松柏軒
【参加者】
70名(流通関係、食品関係、全農関係、生産者、種苗会社、公的機関、一般)
【講師】
株式会社マルタ取締役会長 鶴田志郎氏
(生産情報公表JAS規格普及展開推進検討委員会委員、特別栽培農産物に係る表示ガイドライン検討会委員、NPO全国有機農業推進協議会理事)
【開催目的】
 野菜ブームともいえる昨今、求められているのは、野菜の「おいしさ」と「安全性」といってもよいでしょう。特に有機野菜に対しては、生産者、流通関連業者、消費者など、立場に関わらず、その関心には並々ならないものがあります。現状や今後の可能性、展望などを探る上で、まず有機あるいはそれに近い野菜の表示の問題を中心に、現場の方のお話をうかがうことにしました。ご講演をお願いした鶴田志郎氏は、10数年来の当フォーラムの会員。30年以上前から土づくりと味にこだわる有機農業を進め、理念を共有する方たちと潟}ルタ有機農業生産組合を結成して、活動してこられました。現在、賛同者は北海道から沖縄まで100グループ余約800名の生産者に及び、トレサビリティ体制の確立や、味を重視した農産物の全国ネットワークでの周年供給など、組織ならではの活発な動きを繰り広げておられます。
【講演要旨】

 私たちのグループは、元々は九州の甘夏の産地からの出発で、今では3/4が野菜作りのメンバーから成っています。有機といえば虫喰いだらけと思われがちですが、土作りを徹底したら害虫は来ないというのが、私たちの有機に対する基本的な考え方です。そのための土作りと味にこだわり、有機農業を目標に持続可能な農業を、そして食べる人の健康に役立つ農産物の周年供給体制をめざしています。

1.青果物関係の表示の種類とその問題点

 現在の青果物関係の表示を挙げてみると、以下になります。
  • 品質表示基準---農産物に必要な表示は「名称」と原産地。
  • 有機JAS---有機農産物とその加工食品に関して細かなルールがあり、第三者の登録認定機関が認定したもののみ表示可。
  • 生産情報公表JAS---消費者が食品の生産情報を確認できるように、生産者が情報を管理、公表しており、第三者の登録認定機関が認定したもののみ表示可。
  • 特別栽培ガイドライン---地域の慣行レベルに比べて、対象農薬・化学肥料を50%以下にして栽培された農産物。任意のガイドラインで、認証は不要。
  • エコファーマー---環境に配慮し、持続性の高い生産方式であると都道府県知事により認定を受けた農業者が表示可。
  • 県認証/地域認証---地域の自然条件を生かし、環境に配慮した農産物作りを推進していると、自治体が独自に認定している表示。認証を必要とするもの、登録でよいものなどさまざま。
  • GAP---農産物の安全、環境への配慮、作業者の安全と福祉などの視点から、農産物生産の各段階で守るべき管理基準と実践についてまとめたもの。アメリカは国主導で、ヨーロッパは民間主導で普及しつつあり、日本でも農水省やNPOが普及させたい意向。
  • HACCP---元々、アメリカで宇宙食の微生物的安全性確保のために構築されたもので、徹底的な工程管理をモニターし、製品を保証するという、欧米では広く知られた手法。日本では任意で厚生労働省に申請し、審査後、承認される。
  • ISO22000---2005年9月にHACCPをISO(国際基準)化して発行されたもの。以前のHACCPは設備投資などのハード面ばかりが注目されていたのを、ソフトの強化によって導入しやすくしている。
 このように、青果物の表示は複雑になっており、検査・認証が必要なものもある一方、申告のみ、勝手に表示など、確たる信頼性に欠けるものもあります。GAPはグローバル化に準じて動く可能性がありますが、日本では量販店など、まだごく一部。食に関して国際基準を決め直そうと、ヨーロッパ主導でISO22000も作られましたが、日本はこうした動きに付いていくのが精一杯といったところです。
 また、これらのマークを取得したからといって、消費者に評価されるとは限りません。有機にしろ生産情報JASにしろ、現場の農家が生産情報を克明に記録し、証明できなければならず、しかも第三者の認証が必要。これは農家にとってかなりの重荷です。
 一般に特別栽培の表示をしても、高価になるわけではなく、有機でも2〜3割高程度。努力の割に合わないというのが正直なところです。

2.こだわり栽培表示の生産・流通の現状

 日本の有機は、栽培面積にして0、17%程度で、茶、米、根菜が中心。ヨーロッパは、有機が占める率が低い国でも2%、高い国は10%。各国が有機を目指して目標を掲げておりオーストラリアなどは20%を目標値にしているのに比べると、日本は非常に遅れていると痛感します。
 この背景には、まず、流通と消費者行動の問題があります。こだわりの農産物がよい特長を掲げても、店頭に出回ってよいように回転しない、いわば生産と販売のミスマッチです。
 有機農産物は小ロットで動くことが多いので、経費がかかりやすいのは否めないものの、生産者レベルで1〜2割高なのに、流通段階では5割高、売値では2倍になっていることもあります。また、有機は継続して届けられないデメリットがありがち。自然食品ルートや生協陣営は太いパイプで、近年の量販店での販売には大きな希望があります。ただ、納品の義務が強いのがネックで、有機のデメリットも容認できる売り場でないと、なかなかむずかしいのです。
 消費者の行動も問題です。有機農産物を買いたいかというアンケートをとると、9割が買いたい、3〜4割は実際に利用しているとの答えです。でも、栽培面積は0、17%が現状。このギャップはどこに由来するのでしょうか。消費者には、何が何でも有機がよいというわけではない、国が許可した農薬を使って栽培している農産物は安全という意識があるからだと思います。ヨーロッパでは、消費者の側に有機を育てようという意識が大変高く、頭が下がる思いがします。

3.有機栽培の普及の可能性を考える

@日本の農業の変化に伴って変わり得る
 有機栽培の今後を考える上で、日本の農業に起きている変化に注目します。
 現在、日本の農業従事者は65歳以上が2/3を占めており、この10年でこの人たちはやめていくだろうし、後継者を他の業種につけていることが多いのです。10年後、農家は1/10に減っていると予測されます。ただ、農地を編成し直して生産力を上げていくことは可能だと、農水省なども見ているのです。
 現に野菜の栽培で、100〜200haの大規模農家が、ここ2〜3年でめざましく増える傾向があります。九州では休耕地の奪い合いといってもよい状況で、愛知界隈でも大変活発です。全国各地にそういう地域が出現しており、関東が最も動きが鈍いように見受けられます。
 これまで、有機農業は生産者がリスクを負いながら努力してきましたが、今の価格ではあまりに低すぎて、報われません。しかし今後、価格が1〜2割高になるなら、リスクがあっても続けたいという農家が、例えば100haの中の20haを当てるという形で広がるのではないかと考えます。
 日本の農家は利益を出すことに罪悪感さえ抱いているほどでしたが、今後は利益を出して再投資する経営を目指せるし、そこに有機も確実に組み込まれていくと思います。3〜5年後には充分可能性があると期待しています。

A日本には有機栽培の科学的な技術がある
 農産物を効率よく生産し、利益を上げるには技術の支えが必要で、科学的な有機農業をこそ目指すべきでしょう。
 そのためにはまず土作りの技術が必要です。土壌微生物によって作られたものを、植物は根から吸い上げて成長します。土壌微生物の生態や働きを科学的に学び、それを生かした土作りの技術を私たちはすでに実践しています。野菜の有機栽培では輪作がネックになりますが、輪作でもできる土作り、またそれに適した野菜の研究も必要でしょう。 
 一般に欧米の有機は、技術レベルは低いにも拘わらず、制度は立派で、自分たちのペースで世界をリードしています。それは、支援制度が日本とは決定的に違うからです。政治の場に出し、予算を使って有機農産物を買い支えることで、ヨーロッパの有機栽培はグンと伸びました。アメリカが農家にばらまいている補助金は日本円にして6兆円という大金で、それは農産物を戦略的に位置づけているからです。欧米の有機に多額な補助金が可能なのは、消費者の理解と支援がベースにあるからで、そこが日本との大きな違いでしょう。
 2006年に有機農業推進法が成立し、有機の取り締まりがきびしくなる一方、予算が年間5億円程度付くことになりました。運用による効果を期待したいものです。
 今後、農業が変わる中で、有機栽培がどう増え、社会的にどう評価を得ることができるのか、社会にどう役立つ農業形態にしていけるのか、まさに消費者がカギを握っていると思います。

(文責・脇ひでみ)