タイトル<野菜の学校>
● 2010年度「野菜の学校」 ●
- 2010年7月授業のレポート -


江戸東京野菜の展示

 今期は「日本の伝統野菜・地方野菜」をテーマに、毎月、一地方の、できるだけその時期の伝統野菜・地方野菜を数種取り上げます。授業は主に、「その地の専門家の講義」、「伝統野菜1種の他地方産やハイブリッド種などとの食べくらべ」、「野菜数種の生・加熱による試食」、「それぞれの野菜を生かした料理の試食」、「受講生の意見交換」で構成しています。

開催日:

2010年7月3日(土)

会場:

東京都青果物商業協同組合会議室

テーマ:

江戸東京野菜
「寺島なす、東京うど、奥多摩の葉付きわさび、あしたば、八丈オクラ、足立のつまもの、馬込半白きゅうり」

【講義】

「今話題の江戸 東京野菜」

江戸東京・伝統野菜研究会代表 大竹道茂氏

 大竹道茂氏は、1989年よりJA東京中央会にて江戸東京野菜の復活に取り組まれ、江戸東京野菜ゆかりの地の説明板設置(都内50カ所)に尽力。江戸東京野菜の発展のために多彩な活動をなさっています。メディア出演・講演・執筆に精力的なだけでなく、アイディアいっぱい、フットワーク軽く各地に出向かれる氏の地脈・人脈の広がりが、江戸東京野菜のめざましい発展につながっているようです。そんなご活動と江戸東京野菜復活の一端を、巧みな映像も交えてご紹介いただきました。

<講義より>
 平成になって、各地で伝統野菜がなくなる傾向が見られるようになっていましたが、東京も同じでした。復活の大きなきっかけは、2006年に日本料理業組合の会長で日本橋の料亭「日本橋ゆかり」の野永喜一郎氏が、「東京の料亭の7割が京風の味になっている。江戸には江戸の味があるのでは?」と危機感を訴え、「江戸東京野菜を日本橋から発信したい。そのためにもっと積極的に生産してほしい」と、私たちに持ちかけてきたことでした。それまで、農家にしてみれば、作っても売れるかどうかがネックだったので、野菜を使う料理サイドからのアプローチはとても心強いものでした。これをメディアが取り上げ、日本橋から江戸東京野菜をブランド化しようと、一気に機運が盛り上がったのです。

 江戸東京野菜のそもそもは、慶長8年、江戸に幕府が置かれ、尾張から徳川氏が移ってくるに際して、百姓も同行し、農産物の生産が始まったことにさかのぼります。全国各地の大名も、参勤交代で江戸住まいを余儀なくされていましたから、同様に百姓を呼び、国元から種も持ってきて、栽培を始めました。江戸の気候風土に合う品種改良もされ、江戸100万人都市は田園都市でもあったのです。
 魚のアラを利用した肥料が作られたり、人より少しでも早く食べたい江戸っ子のために促成栽培も行われていました。
 他方、江戸の作物の種を全国に持ち帰るため、巣鴨から中山道に種屋街道もできました。練馬大根の種は、北は庄内の漬け物用大根に、南は壱岐まで行っています。

 江戸東京野菜には、1つ1つに物語があります。
 各地で江戸東京野菜が見直されるきっかけになったのは、ゆかりの産地に立てた説明板です。平成9年に農業協同組合法成立50周年記念事業として、私が提案し、最寄りの神社に設置されました。50本立てられており、スタンプラリーもできるようになっています。

 練馬大根は、江戸で脚気を患った五代将軍綱吉が、占い師の「北西方向、馬のつく所で養生しろ」とのお告げで練馬に住まった際、地域振興のために尾張の大根の種を地元の百姓に与えたことが始まりです。火山灰地の関東ローム層では、長い作物がよくできました。滝野川にんじんやごぼうもそうです。余談ですが、当時の江戸では脚気が風土病のように広まっていました。江戸から離れれば治る…と。江戸では庶民も白米を食べていたから、要はビタミンB1不足だったのです。
 練馬大根は、東京都農業試験場に残っていた細密画を調べ、固定種の種を確定して次世代につないでいます。今では、1月の旬の時季に、百貨店で人気の漬け物イベントも催されるようになりました。

 新宿区の成子坂近くには、ウリ好きだった徳川家光が美濃から取り寄せて栽培させた鳴子ウリがありました。「銀まくわ」といわれていたウリで、昨年8月に種が発見され、栽培してみたところ、甘みは淡いけれども香りがいい。レストランに持ち込んで評判がよかったので、今年はもう少し栽培を増やしたいと思っています。

 昨年末には、早稲田大学の学生たちが「早稲田みょうが捜索隊」を作りました。田山花袋が、早稲田界隈にみょうが畑があったことを記載しているのです。大隈講堂の前にあった大きなモニュメントは、実はみょうがだったこともわかりました。若い人も参加して、なかなか面白い活動になるのではと期待しています。

 新小岩にある香取神社には、江戸東京野菜の小松菜の発祥の地であることが謳われています。五代将軍綱吉が鷹狩りに訪れた際にふるまった椀に、青菜が入っており、それを気に入った綱吉が、その地の名をとって小松菜と名付けたというもの。伝統小松菜は後関晩成という品種ですが、成長するにつれて外葉が寝ていくために束ねにくいことから、最近は青梗菜との交配種が増えていたのです。

 足立のつまものも歴史のある高級食材です。むらめ、あゆたで、芽ねぎ、木の芽、つる菜など、いわば日本のハーブで、1年中収穫できるように工夫され、ハサミで収穫する大変繊細なものです。

 八王子など東京郊外で栽培される軟白うども、すばらしい江戸東京野菜です。穴蔵の中での栽培法が知られますが、あれは、ちゃんと畑で花を咲かせ、霜に当たって枯れるところまでもっていって、根を休眠させておくからできること。休根を保冷庫に貯えておき、温度管理を正しくすれば、1年中いつでも出荷できるようになっています。

 奥多摩わさびもあります。東京にも2,000m級の雲取山があり、そのふところにあるわさび畑で育てられています。大きな葉付きで出荷すると映えるので、ディスプレイにもいいのではないでしょうか。

 江戸東京には小笠原や三宅、八丈などの亜熱帯に近い島々もあり、八丈オクラ、あしたばなどの個性的な野菜が栽培されています。あしたばはハンノキのそばでよく成長するとは現地で聞いていたことですが、焼き畑では4年目になるとハンノキを植えてチッ素を固定化すると、先日、知りました。その後、八丈や三宅ではかつて焼き畑が行われていたことがわかるなど、思わぬ発見もありました。

 最後に、今日の食べくらべのテーマである寺島なすです。これは元々は蔓細千成(つるぼそせんなり)という在来種で、かつて墨田区の寺島界隈が早生なすの産地として知られていたのです。そこで、農業生産物資源研究所に保存されていた種を手に入れ、小金井のなす作りの名人である星野直治さんに作ってもらいました。そして料理人の方たちに試食してもらったところ、「しっかりした果肉と香りがある」との評価で、塩もみ、焼きなす、素揚げとも好評でした。本来は鶏卵大くらいがちょうどよい大きさなのですが、レストランなどでは、もう少し大きくても味は変わらないと要望されています。大きくなると色が少しぼけるのが残念ですが。この寺島なすは、墨田区の寺島小学校で栽培から食育教材に取り上げられるなど、今では大活躍しています。

 他にもまだ江戸東京野菜はいくつもあり、それらにこだわった料理を提供したいと、フレンチの三国清三シェフが丸の内のレストランでメニューを売り出すなど、都内のレストランや料理屋サイドの動きもますます広がってきています。

 ☆   ☆   ☆

●この後、スタッフである管理栄養士の松村眞由子さんからも、各江戸東京野菜の使い方などの紹介がありました。「わさびは衝撃を与えると辛みを増すので、すり下ろした後に砂糖ひとつまみと熱湯を入れ、ふたをして2〜3分おくといい」「あしたばは苦みやアクがあるので、ごまあえやみそあえなど、たれもパンチを効かせるといい」「八丈オクラは沖縄の島オクラ同様、大きくなっても食べられる」「馬込半白きゅうりは、漬け物にすると歯切れのよさと香りが生きる」等々。

●野菜搬入担当スタッフである高橋芳江さんからは、当日朝に足立のつまもの農家を訪ね、入荷してきた報告を。つまものは、手入れの行き届いた実にきれいな畑で丁寧に栽培されており、それでも商品にするいいものはほんの少しという贅沢さだそう。バブルがはじけて後は需要が減り、経営はなかなかきびしいとも聞きました。つまものとしてだけでなく、使い途を広げる案を期待しているそうです。

【食べくらべ】

 「寺島なす」とふだん食べることが多い「千両なす(岡山県産)」を「生」「蒸し」「2%のたて塩」「素揚げ」で食べくらべました。


寺島なす

千両なす
 食べくらべは、もちろん、「おいしい・まずい」の表現はタブーです。各自で食べくらべ、「見た目」「食感」「香り」「風味」+「各自が決める指標」の5つの指標それぞれに評価をし、五角形のグラフに記してから、6〜7人のグループ単位で意見交換・発表がなされました。

<主な意見>
  • 生では、寺島は甘みが強く、独特の香りがあった。たて塩では、千両はよく漬かっていて酸味もあったが、寺島は生に近い。揚げると、寺島のほうが香ばしさが先に出てきて好ましかった。寺島は糖度と油のバランスがいいのでは。

  • 寺島は加熱すると脱色した感じになり、きめがあらいが、甘みがあった。千両は皮と実のバランスがよく、ツヤがあって、水分もほどいい。寺島は加熱に、千両は漬け物など生食にいい印象。

  • 千両はふだん食べている普通のなすの感じ。寺島は加熱すると皮がやわらかく、皮と果肉のバランスがいいと思った。

  • 寺島は蒸したり揚げると脱色したようになるのが気になったが、きめが細かい印象。千両は味が入りやすく、トロトロとした食感で、今の人が食べたいような味わいに改良されていることがよくわかった。

  • 寺島は、生のときは皮がかたいが、肉質は緻密で加熱するとやわらかくなる。千両は一般的すぎるが、揚げたときの色落ちがなく、おいしそうな仕上がりになっていると思った。

  • 寺島は見た目が落ちるし、生は皮がかたく、果肉はぱさついていたが、加熱すると香りが出て、皮がやわらかくなり、田舎煮はとてもおいしかった。千両は食べ慣れた、普通の味。色つやがいい。

  • 寺島の生は皮がかたく、塩をすると種が舌に当たる感じ。揚げると皮がやわらかくなり食べやすくなった。千両は生ではエグミを感じたが、安心して食べられる印象。寺島は昔のなすで、千両は今風に改良されたなすというべきか。寺島の昔の食べ方を知りたいと思った。
【江戸東京野菜とその料理】
※植物分類表記は、系統発生解析による新しいAPG分類体系に基づく。

◆寺島なす <ナス科>
 品種は蔓細千成。鶏卵大で光沢のある黒紫色が美しく、美味。なす特有の香りが強く、肉質が緻密。蔓細千成は元々江戸なすとも呼ばれ、茎が細く、枝をたくさん出して大量のなすを実らせたことからこの名がある。なすの濃紫色はアントシアン色素の紫色のナスニンと青緑色のヒアシンで、鉄の鉄イオンやミョウバンのアルミニウムイオンで安定して、濃青色になる。
 小ぶりだが漬け物用ではない。生食すると皮がかたく感じるが、焼きなすにすると皮がむきやすい。油との相性もよく、普通のなす同様の料理にむく。


寺島なす

寺島なす

寺島なすの田舎煮

◆東京うど <ウコギ科>
 畑で太らせた根株を穴蔵に植えて育てる軟白栽培で、1つの根株から2〜3本の茎が育つ。70〜80cm長さくらいで出荷され、山うどに比べてアクが少なく、シャキッとした歯触りが特長。アスパラギン酸を含むため、尿の合成を促進するほか、エネルギー代謝を高め、肝機能の改善や疲労回復に効果がある。
 皮をむいて生食に、皮はきんぴらに、穂先は天ぷらに。白煮やいためものにも。微量のタンニンを含むために切り口が褐変するので、切るそばから水につけたり、さらに白くするには酢水につける。


東京うど

うどの梅肉あえ

うどのきんぴら

◆奥多摩わさび <アブラナ科>
 周年栽培が可能で、定植は春(4〜6月)と秋(9〜10月)。多摩の場合は春の定植が多い。定植から11〜18ヶ月で8〜18cm程度が収穫できる。葉が葵に似ているところから「山葵」の名があり、栽培は江戸時代から。わさびはイソチオシアネートを含み、強い殺菌作用、防カビ、防臭作用がある。また味覚を刺激し、脳の血流をよくし、血液サラサラ効果もあり。さらに、わさびのスルフィニルという成分は、野菜の中でも最も強い解毒、抗酸化、血流改善など様々な作用をもつため、医療分野からも注目されている。
 根茎はすりおろして薬味に。金気をきらうので、鮫皮や陶製のおろし器で葉のついていたほうから「の」の字を書くようにおろすとよい。葉や花は、熱湯に浸してあえものやおひたしに、天ぷらに。


奥多摩わさび

奥多摩わさび

◆あしたば <セリ科>
 今日その葉を摘んでも明日には新しい葉が出てくるといわれるほど、成長が早いことから「明日葉」という名に。八丈島、大島が主産地で伊豆半島、房総半島などにも自生する。カロテン、食物繊維、ビタミンB、Cも豊富な緑黄色野菜。便秘防止や利尿・強壮作用があり、ミネラル・ビタミンが豊富なため、健康食品として利用されるほか、医療分野からも期待の成分を含んでいると報告されている。
 独特の香りやクセがあり、繊維が固めなので、天ぷらやいためものに、やわらかくゆでてごまあえなどに。


あしたば

あしたば

あしたばのごまあえ

◆八丈オクラ <アオイ科>
 沖縄のオクラと同種といわれ、通常のオクラの切り口が五角形なのに対し、丸みを帯びている。八丈島では「ネリ」と呼ばれる。高さ2m以上にもなり、収穫期が長く、多少大きくなってもやわらかいために15〜20cmくらいで出荷される。カロテン、ビタミン、ミネラル類を豊富に含む緑黄色野菜。オクラ独特の粘りはペクチンやムチンなどで、整腸作用、血糖値の上昇を抑える効果、老化防止、疲労回復など体によい効果が期待できる。
 そのままみそをつけたり、細かく切って粘りを出しても。加熱しておひたし、サラダ、スープ、煮物、カレーの具にも。東南アジア、アメリカ、地中海沿岸などでも、トマト煮やカレー、ピラフの具などでよく食されている。


八丈オクラ

八丈オクラ

八丈オクラのうま煮

◆足立のつまもの
 つまものの栽培の始まりは江戸時代末期。大消費地である江戸では料理屋が栄え、料理を彩るつまものが求められたからで、料亭街に近い三河島周辺が栽培の中心だった。明治になって足立区が盛んになり、生産者は日持ちをよくする工夫、周年出荷できるための品種選び・温度管理などの技術を開発し、長い間、全国一の産地だった。

芽ネギ
<ネギ科> 
 ねぎを密生して育てて、6〜8cmほどの長さで収穫するもので、いわばねぎのスプラウト。

 

あさつき
<ネギ科>
 足立区のつまもの「あさつき」は細い葉ねぎのこと。


あさつき

むらめ
<シソ科>
 穂じそともいい、赤しその若い芽のこと。紅タデより一回り大きく、葉表は薄紫色、葉裏は赤紫色で、ほのかなしその香りがする。青しその双葉は「青芽」。


むらめ

あゆたで
<タデ科>
 ヤナギタデ、マタデ、ホンタデがあるが、鮎料理に欠かせないのでこの名がある。鮎の塩焼きは、皿に盛るときにたでを添える他、たでをすりおろして酢と混ぜた「たで酢」でいただく。


あゆたで

◆馬込半白きゅうり <ウリ科>
 江戸時代初期、きゅうりの栽培は砂村、品川、馬込周辺に広がり、明治33年に節成きゅうりを改良した「馬込半白きゅうり」が漬け物用として作り出された。この種は全国に売られ、「相模半白」の親でもある。皮の6〜7割が白く、長さは短めの17〜20cmで、先が丸い。白い部分が黄変したり空洞ができやすく、鮮度が落ちやすい。カリウムが多く、利尿作用がある。ブルームレスの通常のきゅうりと比べて皮がやわらかく、肉質はなめらかで、歯切れがよい。
 ぬか漬け、しょうゆ漬け、浅漬け、ピクルスなどの漬け物向き。酢の物やサラダ、ズッキーニのように焼いたり、いためたりも可。


馬込半白きゅうり

馬込半白きゅうり

馬込半白きゅうりの浅漬け

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 上記の他、江戸東京野菜には、根元が鮮やかな紅色の「谷中しょうが」、芯のやわらかい部分だけを使う「しんとり菜」、春を告げる「亀戸だいこん」はじめ、「大蔵だいこん」「金町小かぶ」「東京大長かぶ」「馬込三寸にんじん」「滝野川ごぼう」「三河島枝豆」「下山千歳白菜」「新宿1本ねぎ」等々、多数あります。


しんとり菜

しんとり菜

三河島枝豆
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