タイトル<野菜の学校>
● 2011年度「野菜の学校」 ●
- 2011年5月授業のレポート -
【講義】

「奈良県の歴史地理と大和伝統野菜」

奈良県農林部マーケティング課 田中 久延氏(たなか ひさのぶ)氏

◆古代から明治まで、奈良は農地の生産性が高かった

 奈良という土地柄を、空間軸・時間軸で理解していただくために、少し歴史地理学的なところから始めます。山に囲まれた狭い盆地である奈良は、地理的な条件が歴史と結びついています。奈良に都が移る直前に日本という国号ができました。613年に飛鳥と難波(なにわ)をつないだのが国道整備の始まり。その後、奈良から出発して東へ東海道、西へ山陽道など大きな道路が作られていきました。因みに「道」は本来エリアを指し、その名残りは今も北海道という呼び方にも見られます。国の名前、行政組織、インフラだけでなく、法律、経済、歴史、文学など、奈良時代にほとんど日本の基盤ができました。


田中 久延氏

 奈良時代に五畿七道が整備されたものの、その後京都に国土軸が移ってしまいます。奈良は軸からずれたゆえに、発展が遅れました。でもそれがよかったといえる時代が来るのではと、今は思っています。

 奈良県の地図を4つ折りにすると、平地があるのは県の1/4で、西北にある大和盆地に、みんなが知っている「奈良」は全部詰まっていることがわかります。

 「奈良」には3つの奈良があり、使い方が違います。奈良県、奈良市、そして旧市街地である「奈良町(ならまち)」。一番小さな奈良町が、多くの人がイメージする奈良になっていると思います。

 なぜ奈良だったのかという条件に、農地の生産性の高さが挙げられます。明治時代までは、稲作の収量がトップクラスでした。卑弥呼の邪馬台国も大和にあったという説が強まっています。そうなると、3世紀から平安京遷都の794年までの500年以上、都は大和にあったことになります。その後、明治維新までの1000年以上は、京都が都になりました。

 奈良と京都は「古都」とひとくくりにできないほど、趣が違います。寺を見ても明らかで、奈良は柱も太く、巨大で、大らか、京都は人工的で閉鎖的な印象です。京都は、いつも新しいものが入って、華やかな文化を作ってきました。

 こうした両者の違いは、野菜についても同様にいえるように思います。

◆文化財的な位置づけで大和野菜を見直す
 現在の奈良は農業県ではありません。農業産出額は全国45位のワースト3位で、さらに右肩下がりに。では、奈良県に農業は不要でしょうか。

 農業は治水を行い、環境を守り、奈良らしい景観、例えば飛鳥の棚田なども作っています。また日本文化は農業文化といってもよいほどで、例えば能にしても、元々は農村で祭に奉納していたもの。各地の農村の能を興福寺・春日大社に集めて競う中から洗練されていったのが、今の能なのです。

 こうした状況で、大和伝統野菜が果たす役割とは何だろうと考えました。

 大和野菜は、このままだとなくなってしまうと危惧され、平成17年に、文化財保存的な位置づけで取り組み始めました。大和野菜の指定もスタートしました。現在、戦前から栽培されており、奈良の食の歴史を受け継いでいる特徴的な「伝統野菜」が17品目(後述)、戦前からとは証明しきれないものの、独自のこだわりがある野菜を「こだわり野菜」(大和ふとねぎ・香りごぼう・半白きゅうり・大和完熟ほうれんそう・朝採り野菜各種)と称して5品目あります。今年から、大和野菜をチャレンジ品目として、生産振興の予算を組み、より力を入れることになりました。

◆マーケットを考えた農業のモデル「大和伝統野菜」
 大和野菜のパンフレットを作るために調査を行った際に、農業の発想の転換という意味で画期的な試みをしている「清澄の里」の三浦雅之・陽子夫妻の尽力がありました。大和野菜を育てることから始め、それを使ったレストランを開き、地域の活性化をはかるというものです。経済効果を上げられる、売るための伝統野菜を始めたところが従来とは違っていました。

 これまでの奈良県農業は、農家がよいもの・おいしいものをたくさん作るということを目指してきましたが、それだけでは右肩下がりという事態になっています。マーケットを考えてこなかったからですね。今ようやく、お客さんが求めているもの、喜んで買っていただけるものを作ろうと言い始めたところです。

 そのマーケティングのモデル、ブランディングのモデルが大和伝統野菜です。ミッションは地域の活性化であり、新しいモデル作りです。「農」だけでなく、奈良ならではの「食」の提供、「観光」の面で「奈良にうまいものなし」といわれる風評被害を克服するという目標も掲げています。奈良に来ても、宿泊は京都や大阪という通例をくつがえしたい。

 そこでまず、いわば手持ちの資産を把握しておくために、伝統野菜17品目を4タイプのポートフォリオに分類しました。

(1)チャンスメーカー…話題性豊かな野菜
  ひもとうがらし・紫とうがらし・黄金まくわ・花みょうが

(2)主力選手…量もある代表野菜
  大和まな・大和いも・大和丸なす・大和きくな・千筋みずな

(3)個性派選手…物語のある野菜
  宇陀金ごぼう・結崎ネブカ・片平あかね・下北春まな

(4)いぶし銀選手…希少価値のある野菜
  軟白ずいき・祝だいこん・小しょうが・大和三尺きゅうり

 そして、ターゲットをどこにするか? ねらいは飲食店です。少々高くても買ってもらえる、特長をアピールできる、県のイベントで使ってもらえるというメリットがあります。

 大和野菜のポジショニングをどうとらえるか? 例えば、京野菜に比べて、知名度、生産量、認証システム、マーケティング、いずれもかなり遅れをとっています。が、奈良の知名度や歴史、「京より古いのは奈良しかない」のですから、まだまだすべきことはあります。京野菜は無理でも、少なくとも加賀野菜をライバルにと考えているところです。

 そして、生産・流通・販促それぞれの戦略です。伝統野菜をチャレンジ品目に指定して、生産者を支援。「奈良の特選食材流通協議会」で伝統野菜を取り扱ってもらい、「食のナビゲーター」がシェフに伝統野菜を売り込んでくれています。

 販促としては、東京では、代官山駅のそばのカフェとショップ「CoCoNaRa(ココナラ)」、日本橋の物産館「奈良まほろば館」で販売・PRしています。そして、地元ではシェフを集めて畑を回るなどの食材ツアーも催すようになりました。

 奈良県では農林部にマーケティング課ができた時、「ええもん作ってるんやから、がんばって売ってきてや」とハッパをかけられたものです。「それは違う。お客さんが買いたいものを作らなければならない」と言い続けてきました。マーケティングの必要性を訴えてきた3年間でした。そのモデルが大和伝統野菜なのです。ぜひよろしくお願い致します。

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