タイトル<野菜の学校>
● 2011年度「野菜の学校」 ●
- 2011年7月授業のレポート -
【講義】

「信州伝統野菜」

信州伝統野菜認定委員会副委員長・JA長野県営農センター技術審議役
塚田元尚(つかだ もとひさ)氏

◆伝統野菜が多いのは「信州」にこだわる県民性ゆえ

 長野県は伝統野菜が多く残っている地域です。それには、地理、気象、そして県民性も関係しているでしょう。ただし、人々にとっては「信州の伝統野菜」であって、決して「長野県の〜」ではありません。「信州」は長野県人が好きな言葉で、他の地域とは違った雰囲気が感じられ、信州の伝統野菜だからこそ強い愛着を抱いているのです。

 信州の伝統野菜は55〜60種あります。信州伝統野菜認定委員会が発掘したものに、自家用に作っていたものが新しく発掘されて、加わりました。


塚田元尚氏

 信州は狭い山国で、自給自足で生き抜いてきた土地柄です。従来、日本の農家にとって米が作物の頂点であり、最終的な到達点だったにも拘わらず、信州は水田にならない地形でした。だからこそ伝統野菜を栽培し続けてきたのです。婚姻で娘に持たせ、母から娘へと伝わることもあったでしょう。

 信州伝統野菜の保存方法を地理的条件で見てみると、乳酸発酵と塩漬けに分かれます。京都から木曾街道を通って伝わった保存方法は乳酸発酵で翌年までもたせました。中信から北信にかけては日本海側との交流があったので、塩を入手しやすかったため、塩漬け野菜の文化でした。場所によって、素材の評価や価値が違っていたのです。

 ところが近年、流通が変わり、広域になって、いくつかの伝統野菜が変化してきました。広域に流通させるには、大きさや質に均一性が求められます。北信を中心に、野菜を選択する動きが進み、急速に広がりました。好例が野沢菜です。どこの野沢菜を食べても同じようになってしまった。それまでは、漬け方や味が違うことに価値がありましたが、画一化の方向にあるのが最近の特徴です。

◆認定するしくみを通して遺伝資源を守る
 長野県の伝統野菜認定制度をご紹介しておきましょう。目的は、「各地の伝統野菜の内、一定の基準を満たすものを信州の伝統野菜としてリスト掲載及び伝承地認定をし、風土や歴史を大切にした生産を推進すると共に、地域の人たちに育まれてきた味覚や文化をより多くの人に提供・発信することで、伝統野菜の継承と地域振興をはかる」というものです。

 具体的には、まず伝統野菜生産者やグループが県に認定申請を行います。それを受けて、学識経験者など6名で構成される信州伝統野菜認定委員会が審査・認定をするというもの。そして認定されれば、リストに掲載され、認定証標を貼って流通させることが可能になり、活発に情報発信することもできます。また県のほうでは、伝統野菜料理コンクールを開いたり、生産流通販売に関する情報交換を行うネットワーク会議を開くなどして支援しています。

 認証の際には「伝承地認定」といって、種や従来の栽培方法がきちんと継承されているかが問われます。認定のしくみを通して、貴重な遺伝資源を支援していこうという意図がこめられているのです。

◆伝統野菜の価値はその地の文化に結びついてこそ
 日本原産の野菜は、「わさび」、「明日葉」、「山ごぼう」など、ごく限られたもので、現在私たちが食べているほとんどの野菜は外国から入ってきたものです。それを思うと、伝統野菜とは何か? その価値は? なぜ大事なのか? きちんとした説明は難しいものです。

 おじいちゃん、おばあちゃんが食べてきたからといったことだけではなく、人類の食材としての永続的な価値が見出されなければいけないと、私は考えています。日本の食料として評価できるかどうかということです。

 日本の野菜は、形質の均一性、食味性において、世界でも格段にすぐれたものです。野菜が画一的な形質で食料としてある国はアメリカと日本くらいなもので、イタリアなどでは、各地域でトマトは違うといってもいいくらいです。日本は近来、画一的で豊かな食生活を実現する過程で、本来の多様性を失ってしまいました。

 日本の伝統野菜には、地域の自然や、そこに住む人の価値観が色濃く反映されています。なつかしいから残すというだけではなく、もっと根源的な位置づけが必要で、文化にきちんと結びつけてもらいたいと私は考えます。

◆絶壁のような地で暮らす人々の食材とは
 長野県飯田市には、傾斜角度45度の、絶壁に近いような地に50戸が住む上村という地域があります。裏の畑が屋根より高い位置にあり、まさに人間はこんな所にも住めるのかと目を見張るような所です。でもここで暮らす人口は、長い間、変わらない。まるで日本の故郷のような地です。山奥ですが、人口より観光客のほうが多いくらいです。

 ここで採れる「下栗二度いも」という伝統野菜があります。文字通り、春に採れたら、また植えて、秋にも採るという小ぶりのじゃがいもで、田楽に使います。他にお茶の栽培もしています。いもを植えていることでも、まるでマチュピチュと同じだと私は思っているのですが。このいもは、この地では作りやすく保存性の高い食材なのです。

 日本は商業ベースに合わせた野菜は世界のトップレベルですが、この上村が好例なように、食材の多様性、人類を育ててきた多様な食材をもっと引き継いでいくべきではないかと思うのです。

◆過去と未来の両面から評価したい
 伝統野菜の価値を考える時、例えば信州には辛み大根の類がいくつもありますが、これは当然、子どもには食べにくいものです。でも、親は子どもの好みに合わせることなくこれを食べます。そのうちに、子どもも受け入れるようになっていく。伝統野菜は地域在来のもので、そこに住む人たちのつながりを支える、まさに食文化なのです。

 そして、外部の人たちへは貴重なごちそうになります。大きな役割を担っているのです。
 認定委員会では加工品も扱っていますが、塩を使うなどの必要最小限の加工を期待しています。

 伝統野菜は、これまでの食生活ふり返って評価する面と、これからを見据えて前向きに評価する面を両立させていってこそすばらしいもの。最近は生産者自身もグループを組んでアピールし始めています。できるだけ知ってもらうために、今後も支援していきたいと思います。

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