◆湖国には野菜が主役の祭りも
私は滋賀をこよなく愛する者で、「食べる」ことがすべてに共通するテーマであると考え、遊び心も手伝って、滋賀の食事文化研究会の活動を行っています。
滋賀は日本海気候と瀬戸内海気候を併せ持ち、真ん中に琵琶湖をおいて、近江平野が広がっています。近江米が名高いように、近江は米の食味試験が行われる豊かな地です。また琵琶湖で捕れる鯉やふなを食べる食文化があり、「ふなずし」に代表される発酵食の伝統もあります。
歴史的には、京の都へ続く要衝の地で、街道文化が栄えてきました。祭りなど、その残ってきたものを再現する試みが、近年、活発になってきています。例えば、日野町には「芋くらべ祭り」といって、各地で収穫したいものずいきを比べ合う盛大な祭りがあります。また「青物祭り」といって、青物御輿など野菜が主役になっている祭りもあります。
滋賀県では無形民俗文化財として、次の5つの食文化財を指定しています。
◇日野菜漬け…特産のかぶである日野菜を使った漬けもので、甘酢漬け、ぬか漬けなど漬け方はいろいろ。色の美しさからえび漬け、桜漬けといった呼び方をすることもあります。
◇湖魚のなれずし…ふなずしが有名ですが、なれずしのほうが正しい。
◇丁稚羊羹…小豆と砂糖で作った蒸し羊羹を竹の皮で包んだ簡単な羊羹で、近江商人に奉公する丁稚がおみやげに持ち帰ったことからこの名称がある。
◇アメノイオごはん…琵琶ますを炊き込んだごはん
◇湖魚の佃煮…小鮎やえび、しじみなどの佃煮
◆滋賀県人も知らないほどの伝統野菜いろいろ
滋賀の伝統野菜の定義として、以下の4点が挙げられます。
・原産地が滋賀県内である
・概ね明治以前から導入の歴史がある
・外観、形状、味などに特徴がある
・種子の保存が確実に行われている
お手元の資料をもとに要点だけの説明になりますが、ご紹介していきましょう。
【果菜類】
●なす
・下田なす
・杉谷なす
下田と杉谷は5〜6kmの距離で、杉谷は甲賀忍者の里です。
下田なすはへたの下が白く小ぶりななすで、大きくしない間に食べます。一夜漬けに向き、皮がやわらかく、アクが少ない。79アール作付けして年間14t.の収穫。
杉谷なすは7軒の農家が栽培していて、収量は年間1、2t。.京都の賀茂なすによく似ていますが、皮までおいしく食べられ、「杉谷なすびを食べると賀茂なすは食べられない」と滋賀県人は言います。1個約400gで、ちょうど手の平に乗るくらい。なす紺とはこれこそ、と思える美しさです。輪切りで田楽にしたり、にしんとの炊き合わせが美味。この付け合わせには、杉谷とうがらしがいい。
●とうがらし
・杉谷とうがらし
・弥平とうがらし
杉谷とうがらしは2つと同じ形がないので、市場では捨てられてしまう存在。でも絶対に辛いものはなく、コンビニ弁当に最適と今や生産が間に合わないほどの人気です。
弥平とうがらしは5cm余りの小さなものですが、鷹の爪より辛く、とにかく辛くて辛くてしょうもない。一味として売られています。
●うり
・杉谷うり
・水口かんぴょう
うりは日本人好みの果菜。美人の条件である瓜実顔は、杉谷うりの種が元になっていると言われます。中型の白うりで、粕漬けにするのが一般的。子どもや遠くの親戚が待っているからと、栽培が続けられています。
水口(みなくち)は夕顔の産地。城下町であり、東海道の50番目の宿場町。城主が栃木にお国替えになったのに伴って、かんぴょうも今や栃木が有名に。栃木とは姉妹関係を結んでいます。明治5年の水口の干瓢絵図では、320戸が生産に携わっていたとされていますが、今や14戸、15アール程度。かんぴょうにすると0、5t.くらいで、ほとんど廃れています。
【葉菜類】
・高月菜
・尾上菜
・鮎河菜(あいがな)
高月菜は、長浜市の内側、十一面観音で有名な高月町で採れる高菜の一種。外側にある湖北町で採れるのが尾上菜。
高月菜は和歌山の月菜と似ています。ここは冬は豪雪地帯で、その冬においしくなる。ぬか漬けが一般的で、最後はしょうがじょうゆをかけて茶漬けにするといい。ぬか漬けを塩抜きしてすぐに精進料理として出せるので、葬式菜ともいわれます。
地域で種の保存を心がけていて、小学5〜6年生が取り組んでくれています。ただ、若い母親には関心が薄いのが残念なところです。
尾上菜は難しい葉菜で、大根葉でも高菜でもなく、どちらかというと水菜に近い。間引いて小さい時に食べ、大きくなると鎌で刈って、油揚げと煮る。さらに大きくなると漬けものに。これも葬式菜として重宝されます。
鮎河菜は3〜4月に育った葉を折って食べます。昭和30年代半ばまでは水稲の裏作に菜種を作っていたのですが、その菜種とよく似た葉です。現在、2戸の農家が128アールで作って生協などへ卸していますが、後継者がいないため、生産が追いつかなくなっています。
【茎菜類】
・豊浦ねぎ
信長の安土城のふもと、楽市楽座の舞台になった地に植えられています。元々は京の九条ねぎが始まりなので、できが悪くなると九条ねぎと一緒にするとよくできるようになります。系統選抜をしっかりしなければいけない現状です。このねぎは近江牛とすき焼きにすると美味。
【いも類】
・秦荘のやまいも
三重の伊勢いもと似ていて、恐らくお伊勢参りの際に持ち帰ったのではと思われます。このいもは3年がかりと、栽培に大変手間がかかります。種いものために1年、それを四角く切るのが2年目、100gくらいに育ってから植えて、きちんとブランド化するため、400〜700gにならないと出荷しません。
現在、生産は60t.ほどで、生産者の平均年齢は73、74歳。これも後継者不足になっています。
【根菜類】
●だいこん
・伊吹だいこん
・山田だいこん
伊吹だいこんは1698年の農業全書にも出ている歴史のあるもので、尻詰まりの青首だいこん。今の青首だいこんの元になった宮重だいこんもこれから発したのではといわれます。現在の栽培規模は45アール。伊吹山のすそ野のそば屋では、付け合わせに欠かせない辛みだいこんです。1734年には、これがねずみ大根として全国に知れ渡っていたという話もあります。
山田だいこんは、系統選別を進めてきた尻詰まりのだいこん。漬けものにするとさっぱりとして美味で、山田のぬか漬けとして、往年のカリカリした漬けものを好む年配者には人気です。今は2軒の農家で栽培されています。
●かぶ
かぶは13種、滋賀県人も知らないほど多様な種類です。産地は琵琶湖に沿って点在しています。
・余呉山かぶ
固くて真っ赤なかぶですが、中は外側ほど赤くありません。焼き畑で栽培するかぶで、スキー場によそから木を持ってきて山焼きするのですが、これは真夏の大変な作業です。
・入江かぶ
・赤丸かぶ
・小泉かぶ
入江かぶと、小泉かぶは共に下がふくれた赤かぶで、きょうだいかいとこかというほど似ています。入江かぶを作っていた農家が赤丸かぶを作り始め、現在はむしろ赤丸かぶに移ってきています。入江かぶが何かと交雑したようです。
小泉かぶは、彦根藩の記録によると、小泉町の百姓が納めていたとのこと。ぬか漬けにしたり、現在は寿司屋で小泉かぶのガリとして出されています。
・大藪かぶ
大きく、上部だけが赤いかぶ。やわらかいのですが、食べる人がいないと年寄りが嘆いています。
・日野菜
室町時代の日野の領主・蒲生貞秀公が見出して天皇に献上したという歴史があります。文化財としても値打ちがあり、今や全国ブランド。塩漬けして甘酢に漬けるときれいな桜色になるので、桜漬けとしても名高い。
・北之庄かぶ
日野菜の変種として出てきたかぶで、ふぞろいが多い。種も保存されているのですが、食べる人がいないのが難。
・兵主かぶ
・矢島かぶ
矢島かぶは、かつて信長が攻め込んできて守山を焼き尽くした後に、種をまいたら出てきたといわれるかぶです。
・蛭口かぶ
陽明学者である中江藤樹が殿様のお国替えに伴って伊予の国に行った際に、伊予の赤かぶを持ち帰ったと言われています。後継者がいなくなっていて、種をとってはいるのですが、どれが正しいのか、誰が系統選抜をきちんとするのか難しいのが現状です。
・万木かぶ
高島市でできる真っ赤なかぶで、それをほだ掛けして干すのですが、冬の風物詩として風情があります。
・近江かぶ
別名すわりかぶらといい、底が平らでとても安定のよい形です。種は系統選抜していて、県外不出にしています。
・信州かぶ
これはもうなくなってしまいました。
以上になります。
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