第3章 野菜のおいしさに関する検討結果
T 嗜好型官能評価結果
1 はじめに
 国民の盛衰はその食べ方のいかんによる、といわれるが、生活習慣病などは将にその表れであり亡国の兆しともいえる。本プロジェクトの目的は、現代の国民の健康維持増進の鍵を握る食材であるにも拘わらず、消費量が低下し続けている野菜の消費量を増やし、国産品質を高め、安定的に供給できる体制を強化することにある。野菜の生産方法や物流の改善、新品種の開発、機能性強化など、先端技術を駆使した研究は多くなされているが、実際に食品の選択摂取を大きく支配するのは、いわゆる「おいしさ」で、理化学的のみでは捉えがたい人の感覚・嗜好である。おいしさの要因は無数で、様々な価値観が混在し、全貌を捉えることは不可能に近いが、そこにメスを入れない限り、消費の拡大はあり得ないばかりか、食品は物質面に偏り、精神性が見失われ
 おいしさの追求には、人の感覚を用いる官能評価が不可欠であるが、大別して分析型と嗜好型があり、前者は客観的な特性の強弱大小、後者は主観的な快不快、好き嫌いや価値意識を測定するものである。前者では、変動要因を小さくし、実験条件を一定にコントロールすれば、結果の再現性は高く、理化学的測定との対応も可能であるが、後者では実際の食場面との差や、個人差、価値観の多様性などのため、結果の普遍性や妥当性をいかに評価するかが問題である。例えば、評価者は必ずしも品質の高いものを好むとは限らず、好まれるものの品質が高いとも限らない。そうなると、品質とは何か、そもそもおいしさとは何か、という原点にまで遡った議論の展開が必要になる。限られた時間にできることには限界があるが、少なくともそこに一石を投じることも、このプロジェクトの役割の一つと思われる。
 ここでは実際に食する現実的な場面で人が感知することを捉え、そこから評価する側の特性を探ることを目的とした嗜好型の評価を行ったが、従来法には捕らわれない自由な方法をその都度試みることによって新しい評価方法を模索することを試みた。今年度は、果菜、根菜、葉菜の代表としてきゅうり、にんじん、ほうれんそうの3種をとりあげ、秋から新年にかけて順次評価した。必ずしも一貫した方法を用いなかったのは、上記の理由による。これらの事例を、人がいろいろな評価方法の文脈のなかで感知するおいしさの断片として捉え、それらを繋ぎ合わせながら野菜のおいしさとは何か、またそれはいかにあるべきか、いかに評価すべきかなどを探った。通例とは順序が入れ代わるが、本プロジェクトの主眼はおいしさへのアプローチにあることから、人の主観を扱う嗜好型官能評価の結果をはじめに報告する。
 なお、以下ではさまざまな試料を用いたが、この実験で、ある試料が高く、あるいは低く評価されたとしても、その優劣が必ずしも普遍的にいえるものではない。収穫の時期、天候はもとより、同一圃場のものでさえ、天然物である限りばらつくからである。重要なのはどのような特性は、どのような人に、どのように評価されたかということであって、銘柄は偶々そのとき用いたものがそうであったという記号にすぎない。
(東京農業大学教授 山 口 静 子)


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