第3章 野菜のおいしさに関する検討結果
T 嗜好型官能評価結果
2 実施例
(5) にんじんの評価 その3 昔ながらのにんじんとの対比
 
1) 試料
 
A:

C1(群馬産) 長人参

B:
C6(千葉産)
C:

C2(長崎産)

D:
C4(千葉産)
E:
C5(千葉産)
F:
C3(千葉産) (12/6発送分)
2) 方法
   千切りサラダおよび大根、里芋とお炊き合わせで評価した。前者では、千切りにんじん800gに対して、米酢25ml+サラダ油60ml+食塩1g;コショウ0.08gを混合して調製したドレッシングを和えたものを約60gずつ供した。後者ではにんじん1kgに対して、大根800g、昆布と鰹節のだし1リットル(利尻昆布10g、鰹削り節2%)、酒50ml、砂糖25g、食塩12g、醤油10mlを用いた。さらに里芋は別に茹でて皮をむき、2kgにだし1リットル、砂糖30g、食塩5g、醤油10mlで煮たものを4等分して上記に加え、小鉢に盛り付け、絹さや1枚をあしらった。評価の方法、質問項目は上記と同じであるが、試料の組み合わせはA、B、CとD、E、Fとし、一人が3種類ずつ評価した。最後に3種の中で最も食べたいものを選ばせた。千切りサラダ、炊き合わせの順に評価した。パネルは栄養科学科の学生で、上記の組み合わせに対して35名と40名である。評価は午後3時から4時にかけて行い、調理後直ちに評価した。
3) 結果
   調理別に評点の平均値を図5-1と5-2に、また、3種の中で最も食べたいとされた度数を表5-1に示す。グラフでは同時に示しているが、別の実験であるためA,B,CとD,E,Fの比較はできない。
 
図5-1 千切りサラダでの評価結果
 
図5-2 だいこん、さといもとの炊き合わせでの評価結果
   生と煮物では、概略一致したが、試料によってはかなり異なった。とくに注目されるのが長人参で、煮ることによって風味や甘味、うま味が向上した。生ではかたいために、咀嚼しても味成分や香気成分が溶出しにくいが、煮ることによって、やわらかくても稠密でしっかりした食感の噛みごたえが形成されると同時に、噛むほどに濃厚な味成分や香気成分が急速に失われることなくじわじわとでてくるためと思われる。煮ても味や香りが細胞や組織にしっかりと保たれていることは品質鑑定の重要な着眼点といえる。
 注目すべきことは長人参において、煮ることによるうま味の増加が顕著だったことである。それは長人参それ自身の味成分のためでもあるが、さらに「だし」のうま味成分との相乗作用によっても引き立てられるポテンシャルを有していることが考えられる。洋の東西を問わず、だしは料理の決め手であり、それによって引き立てられる素材であるかいなかは最も注目すべき性質といえる。それに対して、Cは煮ることによって食感の好ましさも甘味の強さも減っている(生で観察したとき、ややシャキシャキした食感で、香りが揮発しやすい感じがした)。生で食べていては分からない違いに着目すべきことを示す例である。

 しかし、いずれにおいても、長人参は平均値としては高く評価されなかった。表5-1は最も食べたいものを選ばせたときに選ばれた度数を示す。D、E、Fには大差がなかった。

 
表5-1 最も食べたいものの選択度数
  C D E F
サラダ
炊き合わせ
6
11
15
17
14
7
35
35
12
14
13
10
15
16
40
40
   
   そこで、A、B、Cについて、にんじんの好き嫌い別にパネルを群別して平均値をレーダーチャートで示したのが、図5-3である。7段階評価で5以上の人をにんじん好き群とした。
 
図5-3 炊き合わせにおける評価者のにんじんの好き嫌いと評価の関係
   試料AとBはにんじんの好きな人の多角形は普通以下の人の外側にあるが、最も差が大きいのはにんじんの風味(にんじん臭さ)で、にんじんが好きでない人はこれを特に低く評価している。また、Cは3種の中では最も評価の平均値が低かったが、にんじん臭さも甘味もうま味も弱いものであった。図5-3に示すように、これはにんじんが好きでない人に高く評価されている。
 なお、試料のすりおろした絞り汁のBrixは以下のようであった。
 
表5-2 にんじん6種のBrix (n=6)
  C D E F
平均
S.D.
11.8
0.8
9.5
1.2
8.6
1.0
8.3
0.6
8.5
0.7
8.4
0.6
   
   Brixからも想像されるように、Aはもっとも味も香りも濃厚で歯ごたえがあり、東洋系の昔ながらのにんじんのイメージが強く、味、風味、食感ともにどっしりとした重みのあるタイプであったが、Cはその反対であった。長人参を高く評価するには、にんじんの特徴に慣れ、学習によって嗜好を獲得しなければならないが、にんじんの苦手な人をターゲットにする限り、特徴もなく、成分も薄いにんじんのほうが経済的にも有利で、昔ながらの長人参が生き残ることは難しい。しかし、それは長期的視野に立てば、にんじんの品質を低下させ、にんじんの好きな人をにんじん離れさせ、嗜好の形成や伝承を妨げることになる。
 なお、ここでは生食として千切りサラダを評価したが、噛みにくく、細くて舌の広い面積に密着しにくいために、味蕾を刺激しにくかったので、調理法としては適切でなかったかも知れない。生食に関してはさらに後に補足する。
(H18.12.7実施)
(東京農業大学教授 山 口 静 子)


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