第3章 野菜のおいしさに関する検討結果
T 嗜好型官能評価結果
3 評価結果に対する補足と考察
(1) 評価の評価者への依存性
   以上の実験から明らかにいえることの1つは、野菜の評価や開発には、少なくとも2つの視点から、2通りの人が存在することを考慮しなければならないことである。視点の1つはその野菜に対する嗜好の形成度合いであり、もう1つは品質の鑑別力である。これらの大小によって、人は多くの場合、まったく反対方向の評価をするからである。従来の多数決原理を基調とした官能評価では、とくに嗜好形成に年月を要するような野菜に関しては、大衆が理解できないものは切り捨てられ、どちら付かずの中途半端なものしか生き残れないことになる虞がある。2つの視点は高い相関を持つが必ずしも一致するわけではない。そして、これは個人差であると同時に、同一人においても2つの価値観が拮抗しあって、その力関係によって評価が決定されると考えられる。それらを考慮せず、単に集団の平均値のみで意思決定がなされるとすれば、それはナンセンスというよりは有害で、食を誤った方向に導く可能性がある。
 


(2) 嗜好形成度と評価の関係
   ここでは3種類の野菜について評価を行ったが、結果の考察には野菜全般における位置づけや特徴を考慮に入れる必要がある。そこで158名(内男性28名)の大学生にポピュラーな29種類の野菜に対する一般的な嗜好度、香り、食感、味に対する嗜好度を7段階尺度で評価してもらった平均値を図8-1に示す。独特の香り、辛味、苦味やえぐ味など、いわゆるくせ(後の記述では抑制因子とよぶことにする)のある野菜の平均嗜好度は低く、嗜好形成に時間を要することを示している。芋類やかぼちゃのようにデンプン質でくせがなく、甘いものは万人に好まれている。くせがあってもにんにくのように嗜好度が上がっているのは、餃子やイタリア料理などの好ましい味、風味との連合学習や、繰り返し摂取によって嗜好が獲得されたものとみられる。きゅうり、ほうれんそうはクセの少ない野菜に属し日常的に食されているために嗜好度も高いが、にんじんはくせがあるために、大学生であってもなお嗜好は発展途上にある野菜といえる。
 図8-2は3種の野菜について嗜好度の分布を示す。ほうれんそうは、食感の分布に2山があるものの、ばらつきが小さいが、きゅうりは食感と味の嗜好度に好きな人とどちらでもない人の2つの山があることが窺え、実際に食しているきゅうりの違い(自家製か、スーパーかなど)による可能性も考えられる。にんじんは最もばらつきが大きい。図8-3は現在と子供(小学生)の頃の記憶との嗜好差を示す。にんじんは子供の頃はさらに嫌いだった人が多い。これはにんじん嗜好が形成されるには、その独特の香り、味、風味を長い年月をかけて学習する必要があることを示している。嗜好の形成は成人になってもさらに続くはずであるから、さらに年配者の評価も行う必要があるが、健常な年配者の嗜好が学生以上に子供に近いはずはないとしてこのデータを見るべきである。
 嗜好型官能評価では、ほうれんそうがもっともオーソドックスなものが高く評価されたが、それは嗜好の分布のばらつきが小さく、おいしさの基準に共通性があるためと思われる。また、事例1で取り上げたきゅうりで食感がかたいものが開発されるのは、食感を好む人が多く、パリッとした食感がおいしさの1つのキーワードであるためにそれを強調したものと思われる。にんじんで嗜好が大きく分かれたのは、嗜好度の分布のばらつきが大でにんじん好きとそうでない人ではおいしさの基準が異なるためである。
   
 

図8-1 29種類の野菜に対する一般、香り、食感、味に対する大学生の嗜好度平均値


 

図8-2-1 3種の試験野菜に対する大学生の嗜好度の分布

 
図8-2-2 きゅうりとにんじん嗜好の現在と小学生時代の記憶の比較
   
(東京農業大学教授 山 口 静 子)


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