第3章 野菜のおいしさに関する検討結果
T 嗜好型官能評価結果
3 評価結果に対する補足と考察
(5) 煮ることによるうま味、おいしさの発現
   生と煮るなどの加熱調理をすることの功罪については、実験結果のところでも述べたが、書き残した考察を若干補足する。野菜には生の新鮮な香りや歯触りを楽しむものと、煮て食べることによってはじめておいしさを発揮できるものがある。煮ることによって、物理的、化学的変化を引き起こし調味がまんべんなくでき、消化吸収もよくなる。後者を生で食すれば、その野菜の持てるおいしさは永遠に発現することなく、味わわれることもなく口中を素通りして闇から闇へ葬り去られることになる。そして何よりも、生では大量に食べられない。煮て食べる量を確保した上で生食を増やすのであれば、これに過ぎるものはないが、生食に合わせて野菜そのものの品質まで変えながら生食を進めるならば問題である。
   それを端的に表していたのは、長人参であった。そこで、上記の事例から、にんじんとしての総合評価にどのような特性が大きく寄与していたかをみるために、評価者をにんじんが好きな人(7段階評価で5点以上)と普通以下(4点以下)に分けて、一人一人の生データから、評価項目間の相関係数を求めた。試料にかけ離れたものがあると相関係数への影響が大きいため、長人参を含む試料A,B,CとD,E,Fの比較データを別にした。ここでは総合評価との相関係数を各場合について示す。
   
 
表8-1 にんじんが好きな人と普通以下の人の官能評価における総合との相関

 

生食 炊き合わせ
全体
好き
普通以下
全体
好き
普通以下
A、B、Cの
比較評価
色彩
人参臭さ
風味好ましさ
食感好ましさ
甘みの強さ
甘み好ましさ
うま味
味全体
0.03
-0.096
0.615*
0.52
0.423
0.617*
0.398
0.937**
-0.041
0.001
0.551
0.475
0.346
0.742*
0.482
0.921**
0.151
-0.21
0.692*
0.568
0.544
0.468
0.304
0.956**
0.167
0.158
0.756*
0.604*
0.46
0.689*
0.555
0.939**
0.034
0.283
0.743*
0.612*
0.423
0.742*
0.627*
0.956**
0.306
0
0.739*
0.602*
0.47
0.602*
0.44
0.916**
D、E、Fの
比較評価
色彩
人参臭さ
風味好ましさ
食感好ましさ
甘みの強さ
甘み好ましさ
うま味
味全体
0.409
-0.112
0.588
0.445
0.369
0.569
0.338
0.816**
0.408
-0.076
0.551
0.477
0.532
0.644*
0.686*
0.885**
0.369
-0.188
0.595
0.434
0.188
0.461
-0.072
0.736*
0.239
0.081
0.609*
0.509
0.254
0.701*
0.494
0.836**
0.358
0.148
0.524
0.621*
0.323
0.669*
0.640*
0.815**
0.09
0
0.694*
0.432
0.159
0.716*
0.338
0.847**
*,**はそれぞれ5%,1%有意
   
   いずれも総合評価には最も大きな影響を与えているのは味である。甘味の強さと好ましさはいずれも正の相関を示すが、強さより好ましさが重要である。また、生では負の相関であった人参臭さは煮ると正か少なくとも0となっている。
 とくに注目したいのはうま味である。煮た場合はすべて相関が高くなっており、特ににんじんの好きな人では高い相関となっている。にんじんの味は甘味だけではない。グルタミン酸はじめ各種アミノ酸その他無数の成分の醸し出す味がうま味やこくとして深みや奥行きを与えている。だしはそれらの持ち味を引き立てるものである。それが煮ることによってにんじんが好きな人にははっきりと認知され評価されているということである。しかし、にんじんが好きでない人には見逃されてしまうのである。しかし、こういったうま味やこくは、その表現用語が見つからない人には甘味として表現されることもあるが、それは成分的にも異質のものである。和食文化はだしの文化でもある。それは醤油文化ともつながり、米食とも繋がっている。また、うま味のために、脂肪摂取も抑えられているのである。生にんじんにドレッシングなどをかけても、うま味はこれほど明確に味わうことはできない。味は咀嚼によって水や唾液に溶けた味成分が味蕾を刺激することで生ずる。生では細胞や組織から味成分は溶出しにくい。また、だしや調味料も浸透させることができないし、エキス成分が醸し出す味やうま味の相乗効果も味わいにくいからである。
 ほうれんそうの場合の総合評価との相関についても表8-2と表8-3に示す。
   
 
表8-2 ほうれんそうお浸しの特性と総合評価の間の相関(ピアソンの相関係数) n=341
変数名 1 2 3 4 5 6 7 8 9 11 12
1見た目
2風味強さ
3風味好ましさ
4食感
5甘み強さ
6甘み好ましさ
7アクの強さ
8うま味
9味全体好ましさ
11ほうれんそうらしさ
12総合
1
0.209
0.306
0.343
0.109
0.217
0.004
0.125
0.316
0.194
0.303
0.209
1
0.31
0.282
0.184
0.191
0.198
0.334
0.283
0.554
0.322
0.306
0.31
1
0.525
0.522
0.669+
-0.188
0.396
0.704+
0.252
0.728+
0.343
0.282
0.525
1
0.346
0.465
-0.116
0.356
0.561
0.263
0.551
0.109
0.184
0.522
0.346
1
0.707+
-0.27
0.42
0.581
0.089
0.544
0.217
0.191
0.669+
0.465
0.707+
1
-0.269
0.474
0.686+
0.121
0.654+
0.004
0.198
-0.188
-0.116
-0.27
-0.269
1
0.096
-0.261
0.245
-0.258
0.125
0.334
0.396
0.356
0.42
0.474
0.096
1
0.47
0.305
0.435
0.316
0.283
0.704+
0.561
0.581
0.686+
-0.261
0.47
1
0.24
0.825++
0.194
0.554
0.252
0.263
0.089
0.121
0.245
0.305
0.24
1
0.319
0.303
0.322
0.728+
0.551
0.544
0.654+
-0.258
0.435
0.825++
0.319
1
   
 
表8-3 ほうれんそう油炒めの特性と総合評価の間の相関(ピアソンの相関係数) n=304
変数名 1 2 3 4 5 6 7 8 9 11 12
1見た目
2風味強さ
3風味好ましさ
4食感
5甘み強さ
6甘み好ましさ
7アクの強さ
8うま味
9味全体好ましさ
11らしさ
12総合
1
0.381
0.383
0.425
0.129
0.256
0.215
0.251
0.321
0.357
0.346
0.381
1
0.326
0.278
0.101
0.187
0.316
0.35
0.187
0.609+
0.19
0.383
0.326
1
0.605+
0.541
0.717+
-0.182
0.485
0.721+
0.307
0.725+
0.425
0.278
0.605+
1
0.369
0.5
-0.088
0.366
0.503
0.291
0.531
0.129
0.101
0.541
0.369
1
0.698+
-0.216
0.486
0.5
0.042
0.515
0.256
0.187
0.717+
0.5
0.698+
1
-0.224
0.501
0.755+
0.18
0.727+
0.215
0.316
-0.182
-0.088
-0.216
-0.224
1
0.115
-0.216
0.336
-0.213
0.251
0.35
0.485
0.366
0.486
0.501
0.115
1
0.529
0.378
0.513
0.321
0.187
0.721+
0.503
0.5
0.755+
-0.216
0.529
1
0.248
0.875++
0.357
0.609+
0.307
0.291
0.042
0.18
0.336
0.378
0.248
1
0.272
0.346
0.19
0.725+
0.531
0.515
0.727+
-0.213
0.513
0.875++
0.272
1
   
   やはり、味の好ましさが総合評価にもっとも支配的となっている。甘味の好ましさも大きく寄与していたが、うま味も正に、またアクっぽさは大きくはないが負に相関していた。お浸しではつけ汁を添えたが、評価ではあまりつけないでなされたし、油炒めでは薄い塩味のみであったので、うま味を十分引き出すことができなかったが、油炒めの方が若干うま味の寄与が高くなっている。

 筆者がこれまで手がけてきた食品の評価でも殆どの場合に総合評価と最も相関が高いのは、味である。味が生存に関わる栄養要求と有害物回避のためのシグナルとされるゆえんでもある。

(東京農業大学教授 山 口 静 子)


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