第3章 野菜のおいしさに関する検討結果
T 嗜好型官能評価結果
3 評価結果に対する補足と考察
(6) 漬け物が生食に代わることの意味
   きゅうりは生食が一般的であるが、そのまま食べるか漬け物にするかで消費量は大きく違ってくる。かつでは国民的な常備食であったが、家庭での手作りが減ったことによって、品質にも影響が及んでいると考えられる。漬け物のおいしさは、乳酸菌によって、さまざまなうま味や酸味物質が産生するために複雑な味となり、厚みのある切り身を噛み砕くときのかたさとしなやかさを併せ持つ食感も楽しめ、さらに大量を食せるのである。また、その味はアミノ酸を多量に含む醤油との絶妙な相性によって引き立てられ、米食の根幹も支えて来たのである。
 図8-5はきゅうりに対する67名の学生の嗜好傾向の一面を示す。香りが弱くてパリッとしたきゅうりが出現する素地を読み取ることができる。
 
図8-5 きゅうりの嗜好に関連する大学生の嗜好傾向

   漬け物については、嗜好度は高いが、漬け物がなくても苦にならないという学生が多い。それは図8-5に示すように、漬け物以上にサラダを好んであるからである。また、家庭でぬか漬けなどを食する機会が非常に少ない。ここではもろきゅうの嗜好度が漬け物以上、サラダなみにあがっているのも注目すべきである。生のかたいきゅうりに醤油をつけることはできないが、同じようにアミノ酸を含む調味料で、塗りつけやすい味噌をつけているのである。それは漬け物や醤油の味に対する欲求の代償行為ではないかと思われる。しかも、きゅうりの歯触りに対する支持率が突出して高いのである。
 サラダやもろきゅうにおいては、ドレッシングやマヨネーズ、味噌によって味付けされるので、きゅうり自体の味は、漬け物ほど目立たなくなる。ましてサラダは様々な食材と混ぜて薄切りにしてしまえば、味はどうでもよく、極端にいえばパリッとした歯触りさえあればいいということになりがちである。
 そこで、ミニきゅうりとレギュラータイプを比較した評価における、総合評価と各特性の相関係数を求めたのが、表8-4である。もろきゅうといえども、実際には食感以上に味を重視していたことがわかり、評価結果と整合性があることがわかる。また、僅かではあるが、生より塩漬けの方が味の寄与度が高かった。もし、ぬか漬けで評価を行えば、味の重要性はさらに明らかになると思われる。漬け物にしておいしいきゅうりには、乳酸発酵の源になる成分も豊富なはずで、少なくとも水っぽくて、離水しやすいようなものではない。小魚などと一緒にきゅうりもみにしたりすれば、そこにはうま味の相乗効果も働く。それには微量のグルタミン酸なども含まれていなければならない。
   
 
表8-4 ミニきゅうりとレギュラータイプにおける総合評価と特性の相関
  1新鮮感 2歯ざわり 3香り 4味

A生食はじめの印象
A生最終の印象
B生食はじめの印象
B生最終の印象
A塩漬け
B塩漬け

0.64
0.70
0.68
0.75
0.77
0.80
0.63
0.66
0.71
0.83
0.87
0.75
0.87
0.95
0.83
0.84
0.76
0.83
0.90
0.93
0.83
0.85
0.90
0.93
   
   このようにみていくと、生食を進めるには、分かり易い甘味を付与したり、突出した食感で差別化する方が、理解されやすいため、噛みしめて分かる深みのある味わいなどは切り捨てられる可能性は否定できない。
   一方、にんじんにしても、ほうれんそうにしても、きゅうりにしても、生食を進めなければならない理由には、調理している時間がないことも大いに関係があると思われる。野菜の宿命ともいえるのは、おいしく食べるには調理に手間と時間がかかることである。そのために、品質よりも煮えやすさ、食べやすさなどが優先することもやむを得ない面がある。しかし、それを当然のこととし、それに合わせて、手軽さや簡便性、経済性を推し進めるならば、このまま進めば、漬け物も従来の手の掛かる煮物も時代の波にのまれ、それに代わる食べやすい野菜へと品質が変化することは免れない。しかも野菜を食べ慣れない人や鑑別能力の有無とは無関係に、多数決原理よって市場が支配されれば、野菜の実質的な品質は低落するのみでなく、生食においては食歴の浅い日本人は、伝来の自国の野菜や食べ方を放棄し、食べ慣れない外国の野菜を求めて奔走し、食の無国籍化が進み、和食文化や、それを根底で支えて来た日本人の味覚そのものをみずからかなぐり捨てることになることが以上の結果から推測される。
 しかし、ここで得られたデータをみれば、次代を担う若者が、煮物や漬け物を好んでいるということを忘れてはならない。それは日本人としてすり込まれた味覚が若者にも生き続けているということであり、守り育てて行く必要がある。
(東京農業大学教授 山 口 静 子)


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