第4章
U 産地調査結果
1 きゅうり
(1) 産地農協の概要と生産者の経営概要
 
1) 群馬県A農協の概況
   きゅうりの調査対象地としたA農協は、北関東に位置し日本を代表するきゅうりの生産地である。A農協の正組合員数は4,751人、准組合員数は2,544人である。農協における受託販売取扱実績の推移は、平成14年度79億5,837万円、15年度78億3,301万円、16年度76億1,304万円、17年度73億3,281万円となっており、平成16年度より米の受託販売が皆無になったこともあり取扱い実績はやや減少傾向にある。販売品目別の内訳を平成17年度実績で見ると、野菜は54.6%(40億1,069万円)と過半数を占め、次いで加工食品24.5%(17億9,333万円)、畜産物14.1%(10億3,187万円)、麦5.1%(3億7,415万円)等である。このようにA農協の受託販売取扱実績での野菜のシェアが過半数を占めており、野菜がきわめて重要な作物となっている。農協における野菜の取扱い品目は40品目強みられるが、野菜の販売実績に占める調査対象品目としたきゅうりの販売実績割合は44.1%と約半数を占め、次いでもやし30.1%、長ナス5.4%の順であり、圧倒的にきゅうりの販売割合が高く、野菜の中でも重要品目に位置づけられている。
2) 生産農家の概況
   きゅうり生産者B氏の経営概況は、農業従事者4人であり、経営主のB氏とその妻、及び両親である。きゅうり栽培と収穫、出荷作業に年間約200日従事している。経営耕地面積は水田1ha、普通畑40a及びハウス棟が3棟である。普通畑とハウス棟はすべてきゅうり栽培である。きゅうりの生産量は年間100トン(5kg詰めで2万ケース)であり、作型別にみた出荷量割合では促成栽培が70%、ハウス抑制が30%である。

(2) 栽培方法と品種の選定
 
1) 栽培方法
   B農家及びA農協管内でも、きゅうりの栽培方法としては促成栽培とハウス抑制栽培の二通りの作型がみられる。また、作付面積は少ないものの半促成(平成19年の予定作付面積4ha)と越冬作型(平成18年の作付面積3.5ha)もみられる。促成栽培の作付面積は平成5年には72haであつたものが、その後年々減少し平成18年には54haとなっている。また、抑制栽培でも平成5年には84haであったものが、平成14年には63haへと減少し、その後はほぼ横ばいで推移し平成18年には62haとなっている(表1)。栽培体系について促成栽培からみてみよう。前年の11月下旬に播種、12月上旬に接ぎ木、12月下旬から1月下旬に定植を行う。収穫は1月末から6月中旬までとなっている。次に、ハウス抑制栽培では、7月下旬から8月上旬に播種、8月上旬に接ぎ木、8月中旬に定植を行い、9月15日頃から11月末までが収穫期間である。なお、きゅうり栽培は接ぎ木が基本であり、短時間で一戸当たり数千本の接ぎ木を完了しなければならないことの他に、接ぎ木は専門的な技術と経験が必要であるといわれている。さらに、生産農家の高齢化もあって、平成6年より苗生産メーカーからの購入苗へと転換を図っている。また、A農協では苗生産メーカーとの業務提携により年間供給体制の整備と一括購入による価格の安定と供給体制の安定確立を図っている。
 

表1 館林市のきゅうり栽培面積と栽培人数

年度
促成きゅうり
(ha)
栽培者人数 抑制きゅうり
(ha)
栽培者人数
平成5年 72 360戸 84 420戸
10年 70 350戸 78 390戸
12年 64 335戸 73 365戸
14年 58 300戸 63 356戸
15年 56 285戸 63 350戸
16年 56 285戸 63 350戸
17年 55 284戸 62 345戸
18年 54 282戸 62 345戸

単位:ha, 戸  資料:A農協資料より作成

   
   栽培上の注意点として促成栽培では、育苗および定植から収穫開始までは低温で日照時間が短いため、栽培管理により栄養型や生殖型になるため、地温、気温を確保し光線量にみあった管理が必要となっている。また、収穫中期以降から高温となってくるため草勢の衰えと品質の低下が問題となるため、整枝、摘葉、追肥等のきめ細かな栽培管理が求められる。一方、ハウス抑制栽培では、育苗および定植直後から高温期であるためアブラムシによるモザイク病、急性しおれ病などの発生が多くなるため早期防除が必要となる。栽培期間の前半は高温、後半は低温と寡日照と栽培条件が悪いため、気象条件に応じたきめ細かな栽培管理が必要となっている。
 きゅうり栽培の取組において、近年の安全・安心の高まりを受けて、減農薬・減化学肥料栽培が注目され、A農協では約20年前から積極的に取組を行っている。とくに、土の健全化が野菜の健康、ひいてはそれを食する人の健康につながるとの基本的な考えから、毎年、土壌分析を行い土の健康管理と環境にやさしい適正な施肥設計を行っていることが注目される。
2) 品種選定
   きゅうりの品種導入については、農協主催により春と秋の2回検討会議が行われる。品種導入会議では苗生産メーカー、県普及指導員、農協担当者、生産者が集まり、苗生産メーカーの説明等による情報から、生産農家が決定している。B生産者では促成栽培では、「トップラン」、ハウス抑制栽培では「一心」を選定している。トップランの品種特性は短日、弱光、低温時期においても順調に生育し、果実の肥大が良好で、果形・果長の安定性が高く、色つや、食味にすぐれた栽培しやすい品種であると言われている。一心の品種特性は、主枝着果率が70%から100%、側枝90%から100%の連続着生であり、肥大が早く収量が多い。果は濃緑で光沢がよく、首から尻まで整った円筒形であり、果肉のしまり、歯切れが良い品種であると言われている。
 品種の選定に当たっては、きゅうりの規模拡大もあって美味しさによる品種選定よりも、栽培管理がしやすく、栽培しやすい品種が導入されている。とくに、近年では多くの品種が出回りをみせているが、生産者の立場にたった品種の開発ではなく、例えばピカピカとした見た目の良い品種などスーパー等の販売する小売側に立った品種が多いといわれている。こうした多くの品種が毎年開発されるため、生産農家では品種別の栽培技術の確立が追いつかない状況にある。
(3) 生産者等の産地側が考えているきゅうりのおいしさ
   きゅうりの美味しさについてはきゅうり独特の臭い(香り)、風味、食感、及び甘さにあり、ただし、栄養価では他の作物には及ばないとの見解である。昔のきゅうりと現在のきゅうりを比較して昔のきゅうりの方が美味しかったのではないかとの意見も聞かれるが、B生産者は昔に比べ不味くなったとは考えていないとの見解である。そのことは、同じ品種を栽培しても栽培する圃場での土作りと栽培環境及び天候により美味しさ等の品質は違ってくるとのことである。ただし、昔の方が柔らかいように感じているとの発言も聞かれた。きゅうりをかじったときの食感が、昔は「コリコリ」感があったが、現在は「シャキシャキ」感を感じるとの発言である。
 栽培期間を通じてとくに美味しいきゅうりが採れる時期としては、夏季間の露地栽培による自家用として栽培するきゅうりは美味しい。この時期がきゅうりの本来の性質がある期間であることから美味しいとの見解である。また、栽培期間では収穫の最初の時期の子づるのものが最も美味しく、さらに晴天が続いた方が、曇りが続いた時期に収穫したものよりも美味しいようである。収穫した1本当たりの重量でも美味しさは異なるとの見解であった。市場への出荷サイズは100gを標準としているが、このサイズは未熟であることもあり、美味しさとしての評価は低い。美味しさを追求した収穫・出荷の規格からすると、「えぐみ」も少ない110gから120gが最も良いとみられ、また120gのサイズが香は最も良いとの発言であった。ただし、それより大きい130gのサイズになると種が多くなるようである。「美味しさの観点から現在の栽培方法についての変更の有無について」聞いたところ、夏季間での栽培が最も良いと考えられるが、産地側の生産・出荷・販売体制からは通年を通じた促成栽培とハウス抑制栽培の栽培体系を変更することは難しいとの見解である。
 ただし、冬期間の栽培ではハウス内の暖房費としての燃料費(重油代)が高くなり、生産コストがアップし、所得率は40%を割り込み厳しい経営状況となっている。このため、生産段階での経営の見直しのみならず、きゅうりの生産、流通、販売までの全般的なシステムについて、再度見直す時期に来ているとの考え方も聞かれた。「地域における美味しいきゅうりの食べ方について」きたところ、関東北部に立地していることから、麦の産地でもあり麦味噌を付けて食べたり、夏場の食欲のない時期に冷や汁として、きゅうりと麦味噌を入れて食べる食習慣がみられる。
(4) 産地側からみた消費地サイドの評価
   消費地サイドの評価について、産地側にどのように伝わっているのであろうか。そこで、「生産者側が良心的に作った作物が消費者に理解されていると思いますか」との問に対して、「良心的に作っても、特定の生産者のきゅうりを特定の小売店舗先を決め、固定的に流通・販売できるシステムであれば購入したきゅうりの評価も伝えられるが、現在の出荷・販売方法ではどこで販売されているのか産地側では分からないのが現状である。小売側であるスーパー等のバイヤーからは良いとの評価は伝えられない。伝えられる情報は契約した規格、数量のきゅうりが届いていないとのクレームのみが聞かれるとのことである。このため、スーパー等小売側からの評価は、契約を含めた約束の規格、数量の定時・定量・定価で出荷・供給できる産地が最も評価の高い産地であり、美味しさについての評価は何も聞かれないのが現状との声である。このため、消費者からの評価についての反応も聞かれないのが現状である。従来の八百屋での販売が多かった時代には、対面販売であるため消費者の声が産地側まで届いていた。ただし、スーパー等量販店でのセルフサービスでの販売形態が多くなってからは、消費者の声は産地側に届かなくなった。スーパーからの要望は、特売セール、又は市況の変動により必要とする商品の集荷・品揃数量の要望のみであり、美味しい野菜を出荷・供給して欲しいとの要望は聞かれないのが現状のようである。このため、品質の良いものを栽培し、出荷しても小売側での評価が高まらないとの考えも生まれ、まやかしの作物を作ってもかまわないとの考えが生まれることを、産地側の農協の営農指導員等指導的立場の人達は危惧している。消費者に安全で美味しいものを食べてもらうことが生産者に求められていることを、肝に銘じて栽培していかなければ品質の良い美味しい作物は生産できないとの考えが必要であるとの見解が聞かれた。
(5) 安全でおいしい野菜を生産するための課題
   きゅうりの栽培は、他の果菜類に比べ生育が早いことから、収穫・出荷も早い勧銀作物である。ただし、栽培管理、収穫・選別、出荷の一連の作業が早朝から深夜まで長時間労働を強いられる。このため、後継者の不足とともに、高齢化により70歳前後になると経営の継続が困難となり離農する農家が多くみられる。
 きゅうりのハウス抑制栽培での冬作期間において、暖房のための燃料費(重油代)が高く、一方、販売単価は安く再生産価格を割り込んでいる状況にある。産地側が考えている再生産を保障する適正価格は、1kg当たり250円を目安としている。生産者側が努力して生産しているきゅうりが適正価格で販売できなければ高品質のきゅうり生産を継続していくことが困難との声も聞かれる。また、消費者側でもきゅうりの美味しさよりもみためと価格でのみ購入している。消費者側が安全を目指した栽培方法で生産されたきゅうりを評価し購入してくれることが必要であるが、こうした栽培方法等の情報が消費地側に伝えられていない。このことは、卸売市場や小売業者などの流通業者側の産地側の情報を収集し伝達していく取組を強化していくことが必要である。また、スーパー等小売業者でも、産地側と野菜の品目の評価は、品質への評価ではなく、取り決められた数量、規格品、価格のものを安定的に出荷・供給する産地が最も評価の高い産地である。そこには、先に述べたように美味しさを含め品質の良い品目を出荷して欲しいとの要望はあまり聞かれないし、出荷した品目に対する小売側からの美味しい等の品質に対する評価の声も聞かれない。一方、産地側でも品種の選定でも収穫量と耐病性を先行し、美味しさを追求した品種選定はほとんどみられなかった。さらに、販売でも価格の追及とともに、規格を統一し有利販売に結びつける事だけを求めてきたとも言われている。
 このように、生産側だけでなく、流通業者、小売販売業者までの流通システムについて、再度見直す時期にきているとも考えられる。
(宮城学院女子大学教授 安 部 新 一)

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