第4章
U 産地調査結果
2 にんじん
(1) 産地農協の概要と生産者の経営概要
 
1) 千葉県E農協の概況
   にんじんの調査対象としたE農協は、温暖な気候の南関東に位置し我が国を代表する野菜産地である。E農協は3市2町にまたがる園芸専門農協であり、平成18年の正組合員は513人であり、その内、にんじん栽培者は308人である(表2)。農協における受託販売取扱実績の推移は、平成14年度42億922万円、15年度39億9,158万円、16年度43億3,508万円、17年度40億3,152万円となっており、年度により増減はあるものの、ほぼ横ばいで推移し健全な組合運営とともに、生産者の経営も安定しているとみられる。販売品目別の内訳を平成17年度実績で見ると、野菜は48.7%(19億6,288万円)と約半数を占め、果実は29.2%(11億7,859万円)、花卉22.1%(8億9,004万円)である。農協における野菜の取扱い品目は20品目前後みられるが、農協の受託販売取扱高実績に占める調査対象品目としたにんじんの販売実績割合は25.1%と、すいかに次いで取扱高の多い重要品目に位置づけられている。
 

表2. E専門農協の組合員数とにんじん栽培者数

年度
組合員数 にんじん栽培者数
平成8年 680 390
10年 646 320
12年 614 326
13年 576 330
14年 562 320
15年 555 318
16年 536 315
17年 525 312
18年 513 308

単位:名  資料: E専門農協内部資料より作成。表3も同様

   
   にんじんの栽培面積は平成8年に275haであったものが、その後平成13年の320haをピークに減少に転じ、平成18年には250haとなっている(表3)。にんじんの出荷量も生鮮向け平成8年には89万1,376ケースであったものが、その後平成13年の120万3,784ケースをピークに減少に転じ、平成18年には80万4,332ケースとなっえいる。
 

表3. E専門農協のにんじん栽培面積と出荷数量

年度
にんじん栽培面積 にんじん出荷数量
出荷箱数(ケース) 加工出荷数(袋)
平成8年 275
891,376
45,132
10年 260
1,126,980
85,658
12年 292
1,167,398
147,507
13年 320
1,203,784
111,546
14年 282
936,111
79,105
15年 270
953,460
63,188
16年 267
862,181
124,330
17年 255
740,009
60,427
18年 250
804,332
54,708

単位: ha, ケース, 袋

   
2) 生産農家の概況
   にんじん生産者F氏の経営概況は、農業従事者4人であり、経営主のF氏とその妻、及び長男夫婦である。経営耕地面積は水田1.1ha、普通畑2.2ha及びパイプハウス棟が50aである。普通畑220aのうち205aににんじん栽培を行っている。パイプハウス棟ではすいかを栽培し、その他に抑制トマトの栽培も行っている。

(2) 栽培方法と品種の選定
 
1) 栽培方法
   E農協管内においても、またF農家でも冬にんじんの栽培方法は同じであり、早生品種の「愛紅」と「向陽二号」は7月30日から8月10日頃まで播種を行う。9月から10月上旬に間引きと中耕作業、および追肥を行う。収穫は播種から約110日後の11月から開始するが、作付面積すべてを一括で収穫せず、一定面積を徐々に収穫を行っており、2月まで収穫が行われる。中生系の「らいむ」の播種は8月上旬から9月上旬であり、収穫は翌年の1月から3月上旬までである。E農協管内では冬にんじんの収穫・出荷作業は11月から3月上旬であるが、F農家では年間の作物の作付体系がすいか、つぎに8月下旬から11月末まで抑制トマトの収穫が行われているため、にんじんの出荷を11月に行うことが難しいのが現状である。さらに、E専門農協が運営している選果場のにんじん選果ラインが11月から3月上旬の期間までの稼働である。選果期間に合わせて播種を行っていても、11月上旬の収穫は難しいとの見解であり、このため収穫時期を早めるための検討が行われている。
2) 品種選定
   E専門農協では組合員への栽培品種として、早生品種と中生品種、晩生品種のそれぞれ3品種の選定により栽培を行っている。品種を導入するに当たっては、種苗会社等から説明を受けても、必ず実際に試作を行っており、組合員の一人が先行して試験栽培を行い、次の年に2人から3人の組合員が栽培を行い品種の決定を図っている。品種選定に当たっては、第1に収穫量、第2に作りやすさであり、これには病気に強いこと、また収穫では機械収穫であるため作業効率がよいことが上げられる。第3においしさであり、にんじんの美味しさは「あまみ」と「におい」及びやわらかくて食感が良いものを取り上げている。
 現在の栽培品種は「愛紅」であり、導入に当たって12月前半に収穫可能な品種で尻の丸い尻詰まりの良い品種を探していた。愛紅の品種特徴は先の尻詰まりの良いことの他に、シミ症に非常に強く、肌つやの良い鮮紅色のにんじんであり、また、草姿は立性で強健であるため、機械収穫に適した品種でもある。向陽二号は秀品率が高く、根形は肩張りがあって、尻部までよく肉がつくため形がとくに綺麗な品種である。また、草勢が強く天候にあまり影響を受けないため収量が安定している。ただし、地上部は強健ではないため機械収穫での作業効率が悪く、また、肉質が堅く食感がよくないと言われている。らいむは草姿が立性で機械収穫に適しているなど作業管理が容易な品種である。草勢は旺盛で耐寒性が強く霜にも強い品種である。根色が濃く芯色も良好で、肌がなめらかで光沢があり、洗い上がりも良く見た目の綺麗な品種である。また、裂根が少なく在圃性に優れている。らいむを導入する以前の品種は陽州であり、多収量の品種ではあったが選果場での洗浄段階でひび割れが多く発生したことから、らいむへ変更した経緯が見られた。E専門農協での主力品種について導入年次の古い年次からみてみると、黒田5寸、千葉紅、陽明、陽州の順であった。黒田5寸は甘みがあり味が最も良く、食感も良い品種ではあったが、病気に弱く、またシミ症が発生することから栽培が行われなくなった。また、陽明も秀品率が低く、色も悪く、根形でも後継の品種に劣ったことから栽培を中止ししている。
(3) 生産者等の産地側が考えているにんじんのおいしさ
   にんじんの美味しさについて、F農家では昔のにんじんに比べて美味しくなっているとの見解であり、その理由としてにんじんの臭いが薄くなったこともあり、学校給食でも食材として多く使用されていることを挙げている。また、生産者が考えている良いにんじん、美味しいにんじんとは、肌つやの良い鮮紅色であること、根形はなで肩であり、尻詰まりで先が丸く肉付きのよいもである。すなわち、第1位は色と形であり、次に栄養価とおいしさを取り上げている。
 栽培期間を通じてとくにおいしいにんじんが収穫できるのは、霜が2回から3回ほど降りてから収穫したものが美味しいと言われている。調査対象地では11月から翌年の3月上旬までが出荷時期であるが、12月から翌年の1月までの期間がとくに美味しいとの見解であった。調査地域における播種の時期は、8月10日までに行われているが、美味しさを求めると、この時期より遅く播種を行わなければならない。ただし、播種の時期を遅らせると収穫量が少なくなり、またにんじんの先端の色が赤くならないなどの問題がみられるため播種時期を遅らせることが出来ないのが現状である。
(4) 産地側からみた消費地サイドの評価
   消費者はにんじんの肌つやの良い「みため」、色のあざやかな鮮紅色等の「色」、「形」、「臭いの少ないもの」が良いものとして選ぶ傾向にあると産地側では考えている。ただし、F生産者は、にんじんは調理して食べるものであるため「彩り」と「栄養価」、さらに甘くて「おいしい」ものではないかとの見解も聞かれた。産地側から小売側へ販売方法についての問題提起も聞かれた。すなわち、現在のスーパー等小売側でのにんじんの販売はM規格(150g〜200g)を中心に販売を行い、このためこの規格が最も高い販売価格となっている。ただし、一つ上のクラスのにんじんの方が美味しいとも言われており、また、g当たりでの小売価格もM規格に比べ安い。販売方法も袋詰めではなく、1本ずつのばら売りで販売すれば、消費者は大きいサイズのにんじんを購入した方が小売価格の点からも、また美味しさの点からもメリットになるとの見解である。小売サイドではL規格のにんじんを一般的には常時販売を行っていないのが現状のようである。こうした、産地側での考え方がスーパー等小売側まで届いていないところに問題がみられる。このため、消費者にも美味しいにんじんの選び方(少々大きいサイズのもが美味しい、収穫して5日間位までのはきわめて美味しい等)や、産地ごとの美味しい時期、調理の仕方などの情報が伝わっていないのが現状である。
(5) 安全でおいしい野菜を生産するための課題
   産地側における品種導入では、収穫量の多い品種、また草姿は立性で強健であり機械収穫に適し作業効率がよいこと、根形は肩張りがあって、尻部までよく肉がつき尻が丸みがあり形状がよいこと、シミ症に強いこと、根色が濃く肌つやの良い鮮紅色で芯色も良好であることなどを総合的に検討して品種選定を行っている。消費者が美味しさを強く求めるのであれば黒田にんじんや人見5寸にんじんが美味しいのであるが、現在の市場価格では旧来に比べ単価が値下がりしているため、美味しさよりも収量の多い品種のにんじんを選択しなければ経営の継続が困難であるのが現状のようである。また、産地側では11月から翌年の3月上旬まで出荷を行っているものの、美味しさを追求した出荷を考えるならば調査地域では12月から翌年の1月までが出荷期間であり、出荷はじめの11月と出荷の終わりの2月と3月上旬のにんじんは品質と美味しさの点からは少々劣ると言われている。ただし、販売するスーパー等小売側では通年販売を行っていることから、これに対応するためには産地側としても出来るだけ長期に出荷しなければならない。また、産地側の個々の農家経営の観点からも出荷期間を出来るだけ延ばして、出荷販売量を増大せざるを得ないため、11月から翌年の3月上旬までの出荷となっているのが現状である。
 次に、洗浄・選別作業の省力化を図る観点から、平成10年に選果場の建設を行っている。これを機会に「ミネラル栽培にんじん」の栽培を開始し、差別化商品として販売する計画であった。通常の慣行栽培に比べ完熟堆肥や有機質肥料等を多く使用し生産経費を多く要した方法での栽培であり、普通栽培に比べカロテン、マグネシュウム、鉄、亜鉛などのミネラルを多く含むにんじんの生産を開始した。ただし、こうした差別化商品であっても、卸売市場ルートでの販売のため、スーパー等小売側で差別化商品としての取扱い販売とはなっていないのが現状である。卸売市場の担当者には組合に来て説明を行っているが、スーパー等の店頭での販促活動は実施されていない。このこともあって、隣県のスーパーの店頭でのミネラル栽培にんじんとして売場を設けての販売以外には、一般のにんじんと同じ扱い商品での販売となっている。こうした、特別な栽培である商品は、それ相当の生産コストを要しており、それに対応した評価が得られるような取引が必要である。そのような評価が得られれば、収量重視の品種選定から、美味しさ重視の品種選定へと栽培方法が行えると考えられる。
(宮城学院女子大学教授 安 部 新 一)

>> 野菜のおいしさ検討委員会報告書 目次へ