第4章
U 産地調査結果
3 ほうれんそう
(1) 産地農協の概要と生産者の経営概要
 
1) 群馬県C農協の概況
   ほうれんそうの調査対象地としたC農協は、北関東に位置し農畜産物生産の生産額が大きい農業地帯である。農協における平成17年度の販売取扱高実績は91億5,742万円であり、18年度の目標は94億4,000万である。17年度の販売品目別の内訳をみると、青果物は56.5%(51億7,712万円)であり、畜産物26.4%(24億1,892万円)、米麦・雑穀16.0%(14億6,711万円)等である。このようにC農協の受託販売取扱実績での野菜のシェアが55.8%と過半数を占めており、きわめて重要な作物となっている。とくに、C農協における野菜取扱の中で、ほうれんそうは重要な基幹作目となっており、その他にはごぼう、枝豆等である。
 

表4. C農協の青果物とほうれんそうの出荷数量と販売金額

年度
青果物合計 ほうれんそう
出荷数量(t) 販売金額 出荷数量 販売金額
平成13年 23,600 5,886,503 2,482 829,136
14年 22,479 5,059,526 1,997 811,067
15年 21,032 5,483,162 2,013 835,689
16年 21,430 5,384,107 1,612 762,538
17年 20,591 5,364,402 2,020 877,198

単位:t,千円  資料:C農協内部資料により作成。表5も同様

   
   青果物の出荷販売数量を過去5年間の推移をみると、出荷数量では13年2万3,600t、15年2万1,032t、17年には2万591t、また、販売取扱高実績でみても13年58億8,650万円から17年には53億6,440万円へとそれぞれやや減少傾向になる。同様に、同期間の対象品目としたほうれんそうについてみると、出荷数量では13年2,482tであったが、その後は2,000tから1,600tで推移している(表4)。一方、販売取扱高実績をみると13年には8億2,913万円であり、その後も8億円前後で推移し、17年には8億7,719万円と過去5年間で最も販売高が大きくなっていることが注目される。近年、ほうれんそうの中でもちぢみほうれんそう力を入れており、作付面積をみると15年に4.0haから18年には27.5haへと大きく増大し、また栽培農家も同期間に39戸から129戸へと急速に拡大している(表5)。導入の背景には、冬期間の寒さによるほうれんそうの甘みを増す品種であり、食味にこだわった差別化商品であること、さらに栽培農家の労働力と生産コスト削減が図れることによる。
 

表5. C農協のちぢみほうれんそうの栽培者数と作付面積

年度
栽培者数(名) 作付面積(ha)
平成15年 39 4.0
16年 42 5.8
17年 70 15.0
17年 129 27.5

単位: 名, ha

   
2) 生産農家の概況
   ほうれんそう生産者D氏の経営概況は、農業従事者3人であり、経営主とその妻、及び母親である。D氏の経営は、ほうれんそうとごぼう栽培を行っている専業農家である。経営耕地は普通畑100aであり、そのうちほうれんそうは30aとハウス栽培に33mのハウスを8棟で栽培し、さらにごぼう栽培は25aである。作型はハウス栽培と露地栽培である。

(2) 栽培方法と品種の選定
 
1) 栽培方法
   D農家及びC農協管内においても、ほうれんそうの栽培方法としては露地栽培とハウス栽培の二通りの栽培方法がみられる。栽培体系についてハウス栽培では、第1回の播種は8月10日から8月末日まで、第2回は10月上旬から中旬、第3回は1月下旬から2月上旬、第4回は3月上旬から4月上旬、第5回は4月中旬から5月中旬までの、年間5作を栽培している。品種はサンピアとアステアセブン及びサンピアテンの3品種を導入している。アステアセブンの播種期は8月から翌年の3月までであり、品種の特徴は立性でべと病抵抗性品種(R1からR7までのすべてに抵抗性)である。同様にサンピアでは、播種期は9月から10月と2月から3月まで、特徴は立性で作業性がよく、またべと病抵抗性品種でありR1からR4までに抵抗性がある。ただし、低温期での生育が遅く、保温管理を要する。さらにサンオイアテンでは播種期が10月から翌年の3月まで、立性で耐寒性があり、低温伸長性がみられる。また、べと病抵抗性品種でありR1からR4までに抵抗性がある。播種方法では、品質の良い揃った株を作るためシータテープによる播種法を奨励し、株間は夏は広く(4.0〜4.5cm)、冬は狭く(2.5〜3.0cm)行っている。ハウスほうれんそうは「プロリンほうれんそう」と呼ばれ、化学肥料の使用を減少させ有機質の堆肥を施用し、さらに農薬も播種時に1回、防除で2回の計3回とし、減農薬・減化学肥料の特別栽培方法によるほうれんそう栽培を行っている。こうして栽培したハウス栽培のほうれんそうを「ほうれん君」のブランドで出荷・販売を行っている。
 一方、露地栽培では、「まほろば」を導入し、播種は9月上旬からであり、収穫・出荷期間も11月から翌年の3月上旬までである。特徴は茎が赤みがあって甘みがあり、他のほうれんそうに比べ糖度が高い品種である。栽培も有機質肥料を施用した栽培方法であり、ほうれんそうの最も美味しいと言われている冬期間に「北風の恵み」のブランドで出荷販売を行っている。また、平成15年から試験栽培を行い平成17年から本格的栽培を行っているものに、ちぢみほうれんそうがみられる。品種を「雪美菜」に限定し、糖度が13度から15度にまで高まり、茎に甘みがあることが特徴である。栽培でも有機質肥料を施用した栽培方法であり、播種は9月25日から10月5日までであり、収穫・出荷期間は12月から翌年の2月末までの限定出荷・販売となっている。11月までは生育しその後は圃場にそのまま置いておけることから、出荷調整も可能となっている。ただし、3月になると再度、生育し始めるため、成長に養分を取られることから美味しさがなくなると言われ、このため2月までの出荷に限定している。このように、ちぢみほうれん草の最も美味しいと言われている冬期間の、しかも期間限定での「ちぢみほうれんそう」ブランドで出荷販売を行っている。とくに、出荷に際して12月には8度以上、1月以降は10度以上のちぢみほうれんそうのみの出荷・販売を行っていることが注目される。
2) 品種選定
   新たな品種の導入に当たっては、種苗会社等からの試作依頼があり、農協管内の各地区営農センター別に役員と大規模生産者に試験栽培を2年間ほど依頼し、その結果を農協主催の目ぞろい会や栽培講習会で導入の是非の検討を行っている。導入に当たっては、作業性を最も重要視している。このため立性であること、また緑色が濃く、葉の枚数が多く収量の多いもの、さらに、主に夏場の抽苔がみられるためとう立ちしないもの、生育の早いものと遅いもの、べと病の抵抗性の有無等により品種の選定を行っている。近年、新しい品種が多く開発されているが、優良な品種であれば産地側としてもメリットもあるが、新たな品種が余りに多く開発されており、選定が難しいのが現状である。とくに、品種の特徴が類似しているものであればこれほど多くの品種は必要ないのではないかとの見解が聞かれた。
(3) 生産者等の産地側が考えているほうれんそうのおいしさ
   ほうれんそうの美味しさは茎の部分が赤いものに甘みがありおいしいとの見解である。ただし、近年では先に述べたように栽培面積の規模拡大とともに、収穫、調整・選別、結束・袋詰め作業などの過重労働により、より作業しやすい作業効率を重視した品種選定となっている。また、耐病性品種や消費者の見た目を重視する観点から緑色の濃い品種など、美味しさとは異なる視点での品種選定と栽培が行われている。このため、昔に比べて美味しくなくなったとの声が産地側から聞かれた。こうした反省もあり、近年では露地栽培によるちぢみほうれんそうや北風の恵みほうれんそうの栽培を開始した。茎の部分に甘みがあり、また昔のほうれんそうの味がするとの消費者側からの評価も聞かれる。美味しさを追求するため、栽培方法でも土づくりが重要であり、土壌診断センターにおいて診断を行い、その結果を受けて改良対策がとられている。また、化学肥料から有機質肥料主体に切り替え、堆肥切れを起こさないよう施用量と質の見直しも行っている。また、収穫・出荷期間を限定し、ほうれんそうの美味しい時期に限定した販売を行っている。こうした取組を行い、ほうれんそうの美味しさを追求した取組が行われ始めている。
(4) 産地側からみた消費地サイドの評価
   ほうれんそうに関する消費者の評価は、これまでの卸売市場流通では産地側までは直接届くことはなかったとの見解である。小売側でのシェアを高めてきたスーパー等量販店のバイヤーは産地側まで訪問することがないため、消費者の生の声を聞く機会がないのが実態である。JAでは消費者との交流の場として、普及センターでちぢみほうれんそうを使った料理講習会を行い、JAのホームページにも載せてPR活動を行っている。また卸売市場経由での販売でもスーパーの店頭での消費宣伝活動、及び県園芸協会とJA職員によるスーパー店頭での販売促進活動(試食販売等)を行い、消費者の生の声を聞く機会を設けているが、こうした消費者と接する機会はきわめて少ないのが実情である。このため、近年導入した北風の恵みほうれんそうやちぢみほうれんそうは、全農集配センターを経由して生協へ販売されていることから、生協組合員の生の声が聞けるよう努力が行われている。例えば、ちぢみほうれんそうのFG袋に生産者名を入れ、ちぢみほうれんそうの特徴と料理のレシピが書かれたメッセージカードを封入している。これを購入した生協組合員の生の声がJAに寄せられており、ちぢみほうれんそうについては「見た目では買わなかったであろうが、知人に勧められ一度ためしに買ってみて美味しかったので、また買います」等の声が寄せられている。このことは、見た目で購入する消費者が多いことが裏付けられる結果となった。一方で「北風の恵み」や「ちぢみほうれんそう」のこだわりのほうれんそうをリピーターで購入する消費者は、見た目ではなく味で購入しており、そうした消費者が一部に見られることも明らかとなった。産地側からも、本当に美味しいほうれんそうは霜に当たり葉が少し赤くなったほうれんそうが甘みが増しおいしいとの声であり、消費者側が見た目のみで購入することに疑問を感じている。
(5) 生産者側からみた安全でおいしい野菜を生産するための課題
   当農協におけるほうれんそうの出荷の大部分を占めるハウスほうれんそうの「ほうれん君」では、減農薬、減化学肥料による特別栽培農産物により生産を行っている。とくに、農薬散布時には希釈倍数、使用時期、使用回数の使用基準を遵守し、農薬使用については生産履歴に記帳し、何か問題等が発生したときに提出できるよう備えておくことが必要と考えている。また、ポジティブリスト制への対応として、隣接ほ場にニラやシュンギクなどの葉菜類や収穫間近のほうれんそうが栽培されているケースでの農薬散布時に飛散防止の対策を講じるなど注意を払う必要を指摘している。次に、ほれんそうの市場価格が豊凶により大きく変動することを取り上げている。このことは、市場価格の大幅な変動により経営の安定が図られず、将来的な経営継続への不安がみられるためである。このため、卸売市場流通であっても、契約的な取引での週間値決めを導入し、出荷量のうち一定数量を安定した価格で取引を行うことにより、経営の安定を図る狙いから実施されている。さらに、生産・出荷コストの削減を図るため、地元卸売市場を経由したスーパーとの取引では、段ボールからコンテナ出荷に切り替えることにより、集出荷経費の削減を図っている。消費者側への野菜の美味しさや、生産履歴等の情報を積極的に情報発信を行ってこなかったとの反省の声も聞かれる。卸売市場や全農集配センター経由であっても、消費者の生の声が聞けるようにしていくことと、また消費者に本来の美味しい野菜についての情報が伝えられるような仕組みを構築していくためにも、スーパー、生協等小売サイドとの連携を図っていくことが、安全で美味しい野菜の拡大につながると考えられる。
(宮城学院女子大学教授 安 部 新 一)
 

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