第3章 野菜のおいしさに関する検討結果
T 嗜好型官能評価の概要
 前年度、嗜好型官能評価では、きゅうり、にんじん、ほうれんそうについて、さまざまな角度から評価を行った結果、野菜のおいしさ評価に際して考慮すべき重要なこととして、生食と加熱調理では評価が大きく異なること、消費者は常に嗜好が形成されている人と、形成途上にある人、鑑別能力のある人と、ない人から成り立っており、それらを区別(差別ではない)して考えないと、品質は限りなく低きに流れる構造になっていることを明らかにした。 

 これらの知見を踏まえ、本年度はさらに異なる野菜について検討し、特ににんじんについてはより詳しく追求するために、特徴のある3種類を選んで千葉県の富里で栽培し、多面的な評価を実施した。特に素材としての野菜の持ち味は調理によって引き出されるものであることから、調理における味付けとの関係についてはより詳細な検討を行った。

 ここで用いた野菜は、場合に応じて代表的と思われる品種を試食会などで予備選別し、産地から直送したものであるが、昨年度の報告書でも述べたように、同一品種でも栽培する場所や天候、品種に適した季節など、多くの要因で変動するため、ここで得られた結果が、その品種について一般的に成り立つわけではない。そのときに用いた試料が示した特性に対する評価者の反応から、どのような特性はどのように評価されるかを調べるのが目的であり、偶々そのときに用いた試料によって品種の優劣を決めようとするものではない。

 また、ここでの評価は主に農大栄養科学科の学生をパネルとしたので、年配者の嗜好や価値観とは異なる面もあると思われるが、嗜好の本質的な構造においては共通性が高いものと思われる。勿論地域によっても調理方法も違えば価値観も違うはずであるが、それを言い出せばきりがなく、何も言えなくなる。しかし、喩え可能であったとしても全国の嗜好の平均値を求め、野菜のおいしさを画一化することが目的ではない。ある地域のある集団について嗜好を支配している要因や嗜好の構造についていえる確かな一面を捉えることができれば、それをベースとして他の集団との比較も可能になるはずであり、そういった集団の違いも尊重しながらおいしさの本質を追究すべきである。ここではそういった嗜好の構造のベースを探ることを目的とした。


1.なすの評価
<試料と方法>

A:筑陽 (大型)  熊本
B::千両2号    甲府

について煮物と漬け物について評価した。地方によって栽培される品種も調理法も異なるので、品種の優劣を見るのではなく、特性の違いがどのように評価されるかに着目した。


( 左:B「千両2号」  右:A「筑陽」 )
 煮物では、なすを半分に切り、6分の1に薪割りにし、なす2kg、鰹だし2kg、酒40g、みりん150g、砂糖80g、醤油225gを用いて煮た。沸騰してから25分、落とし蓋をして、途中で2回かき混ぜ、部位が満遍なく、偏りのないように盛りつけて供した。

 漬け物では、なすを厚さ7mmの半月形に切ったもの1kgに対して、食塩15gをビニールの袋でよく混ぜて揉み、3kgの重石をして冷蔵庫に1時間放置した。

 各特性について+3から−3の7段階評価を行った。パネルは農大栄養科学科の学生47名である。

<結果>
 それぞれの場合を図1示す。Aはやわらかく、なすらしい風味も弱かった。煮物での総合評価には平均値では大差がなかったが、どちらが食べたいかについては29:18でAの方が好まれた。

 そこで、どちらを選ぶかによって、パネルを群別してみると(図2)、Aを好む人はなすらしい風味が弱く、やわらかいものを好み、うま味については差のない人、Bを好む人はなすらしい風味が強く、やわらかさより噛み応えがあるものを好み、うま味の強さに差がつけられる人であることが分かった。塩漬けについては差が小さかったが、同様の傾向が見られた。


図1.2種のなすのそれぞれの料理における項目別評点の平均値(n=47)

 評価者の価値観にはなすらしい風味が弱くやわらかいものをよいとする人と、その反対の人があり、それによって選択が支配されることがわかった。また後者はうま味の強さの違いを識別していたが、前者では識別されていなかった。また、平均的にみると煮物では風味が弱く、やわらかい方が好まれたが、塩漬けでは反対の傾向であった。


図2.煮物においてA,Bそれぞれを選んだ人の群別平均値(A:29名;B:18名)

 これは、昨年度他の野菜で示されたと同様の嗜好構造であり、評価者のその野菜に対する嗜好の形成度によって価値観が相反するということである。多数決原理で行く限り、うま味は無視され、なす本来の香り風味がなく、柔らかいほうに軍配が上がることになるが、消費者には2種類がいるということを念頭におく必要がある。
 
 離水率を比較するために、それぞれのなすを厚さ7mmの半月形に切り3gの食塩と混ぜてビニール袋で揉み、600gの重石を載せて冷蔵庫に1時間放置したときの離水量はA:89g、B:77gで、前者の方が16%ほど多かった。

 勿論産地によって柔らかいもの、かたいもの、水分の多いもの、それぞれ特徴があり、それに合わせた優れた調理法も伝承されているので、一概にどれがよいというのではない。問題はいま食べ慣れている地域の特徴を安易に変えてしまうことである。

 なお、被験者のなすに対する嗜好調査の結果は以下の通りである。


図3.被験者のなすに対する嗜好度(n=47)


図4.なすの好きな食べ方

 なすは麻婆茄子やイタリアン、油炒め、和風料理などさまざまな加熱料理で好まれているが、漬けものの嗜好度はあまり高くなく、生食はまったく好まれていない。

図5.なすに対する希望
 若者も徒に変わったなすを開発してほしいとは思っているわけではない。
 (平成19年7月11日実施)
(東京農業大学 山 口 静 子)
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