第3章 野菜のおいしさに関する検討結果
T 嗜好型官能評価の概要
7.野菜のおいしさとうま味
 以上の実験からは、図らずもうま味という味の想像以上に重要な影響が浮き彫りにされた。なすにおいても、だいこんにおいても、そして今回特に詳しく検討したにんじんにおいては、いかに微量なうま味成分が評価を覆すほど大きく左右しているかについて明らかにしてきた。糖度は数%から10%を超えるオーダーで存在するが、グルタミン酸やその他のアミノ酸はその100分の1のオーダーでしか存在しない。その中での僅少な差がなぜこれほど大きな影響を与えるのであろうか。それはうま味という味の特徴的な基本的な性質による。

 うま味それ自体は、それを多く含む典型的な食品である昆布のだし汁を味わえば想像がつくように、他の基本味のように明瞭でなく、強くもなく、さして快でもない味である。そして、天然食品全体からみれば、蜂蜜やレモンのように甘味や酸味それ自身の味を明瞭に強く感知できるものは少なく、弱くて曖昧な味のものが多い。しかも、糖や酸と違って、遊離のグルタミン酸やイノシン酸はいろいろな味を持つアミノ酸やペプチドと共存するのが常であるから、それらとの混合味として感知せざるを得ない。元来野菜の多くは味の強いものではなく、肉や魚にしてもそれ自身はそれほど強い味のものではないが、複雑微妙な味の僅少な差がおいしさを大きく支配するのである。また、みそ汁にしても醤油にしても、メインの味は塩味であるが、食塩水でそれらの味を代用できない。みそや醤油らしさを与える塩味以外の味のなかでもっとも支配的なのがうま味なのである。

 うま味は生命の源である蛋白質のシグナルとされる味で、遊離の形で天然食品に遍く含まれるうま味物質にはアミノ酸系(グルタミン酸、アスパラギン酸)と核酸系(イノシン酸、グアニル酸)の2種類があり、それらの間には著しい相乗効果が働く。すなわち、これらが共存するときは、閾値は最大100倍も引き下げられ、閾上でもうま味は数倍の強さに増強される。これはうま味独特の現象であり、近年の研究では、これらの物質の共存下では相乗的にコクを引き起こすコク味物質もいくつか発見されている。昆布だしのようなはっきりしない味が、料理のおいしさの決め手になるのも、素材のうま味を相乗的に増強するためである。

 遊離のグルタミン酸は植物性食品に多く、イノシン酸は動物性食品に含まれていることから、両者を同時に食すれば、うま味を増し、その結果おいしく食べられるのであるが、それは、自動的に栄養バランスのよい食物摂取に導くという、よりよく食べるための要の役割をしている。しかし、このようなうま味の相乗効果は、野菜を生や単独で味わっただけでは引き起こされないために、見過ごされてしまうのである。しかし、古来より人は生活の知恵として、そのことを調理に活用してきたことは、古今東西の料理をみれば明らかである。だしはその典型で、刺身にだいこんのツマ、さんまに大根おろし、ステーキにフライドポテトを添える、あるいはすき焼きには牛肉に茸やネギ、ビーフシチュウには牛肉とたまねぎやにんじんなどを組み合わせる、あるいはだしにはかつおぶしと昆布を用いるなど、枚挙にいとまがない。味噌も醤油も遊離のグルタミン酸を多量に含んでいる。それらの組み合わせは無意識のうちに相乗効果によってうま味を引き出し、おいしくして食べているのであるが、このことからしても、調理によって相乗効果が発揮される野菜は優れた品質の決め手の1つであるといえる。

 しかし、古来食品中で日常的に味わわれて来たはずのうま味が発見されたのは1908年池田菊苗による。図らずも今年は100周年に当たるのであるが、なぜ、これほど食品のおいしさを支配し日常的に味わわれてきたうま味の発見が、人類の長い歴史の中で、池田の発見を待たねばならなかったのか。それはうま味が蜂蜜を味わって甘味を発見する、というような単純なものではなく、上記のように通常は混合味としてしか知覚できず、微弱でも相乗効果によって強度が大きく変化し、しかもそれ自身の味をそのまま味わえばあまり快とはいえない味で、他の味や香りと共存して初めて快となるなどの理由による。このことは、図らずも今回の実験で示されている。相乗効果については熟知しているつもりの筆者にとっても、うま味がこれほど微妙で大きな影響を与えるとは想像外であった。そのために、より分かり易い甘味や臭いなどに着眼点を向けてしまいがちである。しかし、上記の実験は野菜のおいしさにおけるうま味の重要性を如実に示すとともに、野菜の味がいかにデリケートで、同じ野菜でも、調理方法でおいしさはいかようにも変化することを示している。

(東京農業大学 山 口 静 子)
>> 野菜のおいしさ検討委員会 平成19年度報告書 目次へ