第3章 野菜のおいしさに関する検討結果
T 嗜好型官能評価の概要
8.要約とまとめ
 今年度の嗜好型官能評価では、新たになす、だいこんを加え、昨年度に引き続いて野菜の特性と消費者嗜好の構造について検討した。とくに嗜好差の大きなにんじんについては調理との関連性において詳細な検討を行った。

 先ず、なすでは大型の筑陽と中型の千両2号を煮物と漬け物で評価した。前者の方が水分が多く、柔らかく、なすらしい風味は弱かったが、多数決原理からすれば前者が好まれた。しかし、なすが好きな人は後者をより高く評価した。また、前者を高く評価する群ではうま味には差がなかったが、後者を高く評価する群はうま味の差を明瞭に識別していた。それぞれのなすは産地も異なり、それぞれに適した調理方法もあるはずであるが、この結果によって、なすが一般的にやわらかく、茄子らしい風味がない方向に向かうことは避けなければならない。前年度指摘したように、消費者は常にその野菜に対して嗜好が形成されている人と、未形成な人、判別能力がある人とない人からなっており、屡々反対の価値観を持つために、それらを区別して考えるべきことがここでも確認された。

 次にだいこんにおいては、4種を評価した。生と煮た場合で大きく異なったが、とくに興味深かったのは、イノシン酸を含むかつおぶしを少量まぶして煮た場合と、イノシン酸を含まない油揚げと煮た場合では評価が逆転したことである。これは明らかに前者ではだいこんのグルタミン酸との間にうま味の相乗効果を引き起こすためで、かつお節に限らず、動物性食品と野菜との相乗効果が野菜をおいしく食べるために重要であること、また野菜のおいしさの評価においても、他の食材や調味料との組み合わせで引き起こされるうま味のポテンシャルが重要な指標となることを示している。

 また、きゅうりについては、夏の最盛期では差がつきにくいという予測のもとに、秋に4種の評価を行った。そのうちの1つは、専門家の予測では当然好まれないはずと思われたものであったが、それのみが他より高く評価されていた。その理由はかたくてパリッとしていたことにあり、若干甘味も強く評価されていた。また、4種全体をとおして見ると、最も高く評価されたのは食感で、味や風味は弱いものであった。そこで、4種類のきゅうりについて、評価の6日前に収穫して保存したものと、前日に収穫したものについてそれぞれ比較評価を行ったところ、いずれにおいても、有意差がないか、6日前に収穫したものの方が前日のものより高く評価されていた。唯一収穫前日の方が高く評価されたのはドレッシングをかけた場合の1種で、それは生食では苦味と異風味があり、有意に好まれなかったものである。ドレッシングをかけて食した場合には、食感がパリっとしていて、保存してもかたさに変化が生じにくいきゅうりならば、味や風味はどうであってもパリパリ感によって、少なくとも素人の消費者には一応おいしく食べられること、そればかりか、多少は異味、異臭があっても、かえって高く評価されることさえ可能なことを示している。

 昨年度は、パリッとした食感を売り物にしたミニきゅうりの評価を行い、もろきゅうなどにして食感を楽しむためにはよいが、きゅうりが一般的にパリパリして味、風味がない方向に流れることは問題であることを指摘した。しかし、そこで危惧されたことは現実のものとなった感がある。現在のように、仕事に追われ、野菜を買い置きしなければならない社会状況の中では、長持ちするきゅうりの開発も必要であるが、そのためにきゅうりのきゅうりらしい香りや味が犠牲にされるなら、味わいに奥行きを失い、摂取意欲も低下し、健康にも繋がる重要な問題である。そのためには、生産者のみでなく、消費者も感覚を研ぎ澄ませ、きゅうり本来の持ち味を大切に味わい分ける必要がある。

 にんじんについては、はじめに3種類を、生と牛肉やほかの野菜と共にポトフにした場合について評価した。昨年度と同様に生と煮た場合は異なること、にんじんのあまり好きでない人は、甘いにんじんは好まないことなど、昨年と同様な結果が成り立つことが確認できた。 また、消費者の嗜好構造をさらに詳しく追求する目的で、代表的なにんじんとして、向陽二号、ひとみ、千浜の3種を千葉県富里の同じ土壌で栽培したが、実際に収穫してみると昨年ほど顕著な差がなかった。3種のBrixや糖含量には大差がなく、生で味わっても優劣つけがたいものであったが、そのために、かえって微妙な違いを浮き彫りにすることができたともいえる。ごく微量のイノシン酸(にんじん+水に対して0.01%)を添加して煮た場合と、無添加で煮た場合には、種類の異なるにんじんの評価が逆転するほど大きく影響を与えることが示された。さらに醤油や酒を少量加えて風味を増すとその3分の1の0.0033%のイノシン酸添加でも評価を高めることが示された。これはにんじんのグルタミン酸とイノシン酸の相乗効果によるもので、にんじん中のグルタミン酸量の差は高々0.005%程度であっても、その差が相乗効果によって拡大されるのである。さらに、イノシン酸を添加した方を高く評価した人はうま味の違いを識別でき、にんじん臭い風味を高く評価したが、そうでない人は甘味に注目し、うま味の違いを区別していないことも示された。

 いずれにしても、うま味は野菜のおいしさをこれほどドラマティックに支配するとは、これまでの野菜の研究でも想像外であったことと思われる。Brixは指標の1つにされてきたが、野菜は本来果物とは違って、甘味を売り物にするものは少なく、弱くて曖昧であるが、噛みしめるとそこはかとなく奥深い味を有するものが多い。肉や魚が主役であるのに対して、野菜は脇役として主役を引き立てることによって引き立てられるものである。相乗効果はまさにそれを象徴するものであるが、そういった意味でも野菜にとってうま味はもっとも重要な味と考えられる。

 だからといって、野菜はグルタミン酸の量だけをやたらに増やせばいいというものではない。野菜の味は無数の成分で成り立っており、香気成分の種類はさらに多い。それら全体のバランスが重要である。もしグルタミン酸のみを増やしたければ、うま味調味料を添加すればすむことである。これは糖にしても同様で、必要であれば砂糖でも蜂蜜でも好きなだけ添加できるが、反対に甘味が強すぎれば、それを減らすことはできない。調味したり、相乗効果を引き起こしたりする余地を残しておく必要がある。味全体の強さも度を超すと、感覚は飽和し、飽きやすく、量的にも多くは摂取できない。何事も適量が善で、度を過ぎれば悪となることはいうまでもない。

 そのためにも、ここで示した3種のにんじんの評価結果は重要である。もし、分析値では僅少な差しかないにんじんの評価が、調理や調味によって大きく変化するということを知らなければ、野菜は一面だけで評価され、誰もが単純に分かる特性のみを強調して差別化しようとするために、感じるか感じない程度の強さで無数に存在する成分が醸し出す微妙な味が脱落し、かえって単純化し、底の浅いものになってしまうのである。その結果として、自転車操業のように、絶えず目先の変わった品種改良に追いまくられ、嗜好の形成も、文化の伝承も追いついていけないことになる。その前に、いまある野菜の地味にして滋味なる味わいをじっくり味わい直すことが大切といえる。これは野菜に限らず、わが国の食品開発の全てについていえることで、ライフサイクルの短い商品を次々に開発することに莫大な得寝る義と資源を無駄遣いすることは、考え直す必要がある。

 以上2年間に渉って、嗜好型官能評価によって野菜のおいしさを試行錯誤しながら追求してきたが、これによって、おいしさとは何かが明確に定義でき、それを示すような何らかの指標が得られたわけではない。野菜も人もいかに複雑かを知れば、そういうことは簡単にできるはずがないし、安易にすべきでもないことを示すなかで、野菜の食味評価や、あるべき野菜の方向性を考える場合に考慮すべきいくつかの重要な点を明確化したことが、重要な成果と思われる。

(東京農業大学 山 口 静 子)
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