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第5章 野菜のおいしさに関する文献調査結果 |
5.にんじん |
にんじんのおいしさについての国内での研究例は多くない。北海道産のにんじんについては主要成分が比較されている(古館,2004)。にんじんはショ糖を100g中3.4g含み、果糖とブドウ糖はショ糖の半分位であった。アミノ酸としてはグルタミンが全アミノ酸含量の4割を占めていた。矢野ら(1981)は、にんじん品種間の糖組成の比較を行い、その結果、ショ糖含量が全糖の90%を占める「MS三寸」、「金時」、「国分鮮紅大長」と、ショ糖含有量が40-60%の「子安三寸」、「平安三寸」、「新黒田五寸」「中村鮮紅五寸」の2つのグループに分けた。また春まきの場合果糖、ブドウ糖の割合が低下するなど作型も糖組成に影響した。
ノルウエーのにんじん品種に関して官能での比較がなされている(Rosenfeldら、1997)。評価用語として例えば食感では硬さ(firmness)、砕けやすさ(crispness)、ジューシーさ(juiciness)の項目を設けるなど、参考になる部分も多い。Varmingら(2004)は品種、産地、貯蔵の条件の異なる生のにんじんを官能評価している。その結果、官能評価の多くの項目で品種間だけでなく、産地間の差も観察されている。また消費者の嗜好性と甘味、にんじんらしい後味(carrot
aftertaste)、果実様の味(fruity taste)の間の相関が高かった。
苦味については、にんじんではストレスをうけると6-methoxymelleinが誘導される。本物質は苦いため、にんじんの苦味との関係が解析された(吉野ら,1993)。その結果、本成分の苦味閾値は100μg/mlであり、通常のにんじんでは本成分の含量がこれより低いため、6-methoxymellein
はにんじんの苦味に影響しないと判断された。また、Girolamoら(2004)も6-methoxymellein
は新鮮なにんじんの苦味には関係しないと結論している。一方で、カットにんじんにおいて、エチレン処理することにより本成分が増加することが報告されている(阿部,1996)。
また、Czepa & Hofmann(2004)によれば、苦味に関係する成分としてfalcarindiol
( (Z)-heptadeca-1,9-dien-4,6-diyn-3,8-diol)が上げられている。
にんじん香気の品種間比較はKjeldsenら(2001)によってなされ、主にテルペン類からなる香気成分組成は品種により異なった。
英国においてAlasalvarら(2001)は、オレンジ、黄、紫、白色のにんじんについて官能と成分で比較している。その結果、紫のにんじんは他よりも甘く、ショ糖も多かったものの、甘さと全糖の関係は一致せず、テルペン類や他の成分が甘味を抑えているものと考察している。ノルウエーでの研究によれば、9℃から21℃まで温度を変えて栽培試験した結果、温度上昇とともにテルペン類が増加した。テルペン類が苦味にも寄与して、甘味を抑えていると考察している(Rosenfeldら,2002)。にんじんの甘味については糖が寄与しているものの、苦味成分や香りによって甘味はマスクされているものと推定される。
にんじんについては加熱に伴い食味や食感が大きく変化する。ポーランドのBorowskaら(2004)は、にんじん品種を各種条件で加熱し、官能比較している。甘味は蒸した場合に強められ、茹でると甘味が低下した。さらに苦味も加熱により大きく低下した。彼らは加熱にんじんの押し出し試験は行っているが、このような物理的な計測値と官能的な食感との比較がなされていない。いっぽう、輪切りにしたにんじんを茹でた時の、ゆで時間と官能評価、物理化学的評価の関係について、ベルギーのDe
Belieら(2002)が解析している。ゆで時間に伴い、甘い香り、甘味、ジューシーさ、硬さが低下し、乾物率、糖度、引張強度、圧縮強度も低下し、著者らは物理化学計測値は官能評価に代わる手法として有効と結論している。ただし、加熱時間に応じてすべてのパラメーターが同じ方向に変化する条件で得られているため、彼らの結論には応用性に疑問が残る。米国のHowardら(1995)は加熱したにんじんについて、官能評価と化学分析値の比較を行っている。その結果、甘さとの相関は全糖の方が糖度よりも高かった。新鮮なにんじん臭(fresh
carrot aroma)及び新鮮なにんじん味(fresh carrot flavor)は、全糖/terpinolene比との相関が高かった。terpinoleneは加熱にんじんに含まれる主要な揮発性テルペンのひとつである。
糖や糖度の分析値が甘味との相関が高いという報告もあるが、両者の相関は必ずしも高くないという文献も存在する。甘味に影響するとされる揮発性テルペン類などの分析にはGC-MS等大型の分析装置が必要であり、評価は容易ではない。ただし、現在の日本のにんじん品種では「嫌な香味」は低下しているものと推定され、その場合は、糖度や全糖のデータでもある甘味が説明可能かもしれない。一方で近年、品質の均質化により、調理目的に合ったにんじんが入手しがたくなったとも考えられる。甘いだけでなく、個性的なこだわり品種も求められており、需要の把握とそれに応じた評価方法の確立が必要である。
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(野菜茶業研究所 堀 江 秀 樹)
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