第6章 検討結果の総括
 昨年度はきゅうり、にんじん、ほうれんそうについて検討したが、本年度は野菜の種類を若干増やし、嗜好型官能評価、分析型官能評価と機器分析、文献調査を行い、さらに、にんじんについては消費者嗜好調査を含めて詳細な検討を行った。

 嗜好型官能評価では、なす、だいこん、きゅうり、にんじんについて評価した。なすでは大型の筑陽と中型の千両2号を煮物と漬け物で評価した。前者の方が水分が多く、柔らかく、なすらしい風味は弱かった。多数決原理からすれば前者が好まれたが、なすが好きな人は後者をより高く評価した。前者を高く評価する人ではうま味に差がつかなかったが、後者を高く評価する人はうま味の差を明瞭に識別していた。4種のだいこんを評価した。とくに興味深かったのは、油揚げと煮た場合と、おかか煮の場合では評価が逆転したことである。これは後者ではかつお節のイノシン酸とだいこんのグルタミン酸と間でうま味の相乗効果を引き起こすためで、一般に動物性食品と野菜との相乗効果が野菜をおいしく食べるために重要であること、野菜のおいしさの評価では、他の食材や調味料との組み合わせで増強されるうま味が重要な指標になることを示している。

 きゅうりについては、4種類のきゅうりについて、6日前に収穫して保存したものと、前日に収穫したものの比較評価を行ったところ、有意差がないか、6日前に収穫したものの方が高く評価されていた。ドレッシングをかけた場合には、味や風味はどうでも、パリパリ感によって、素人の消費者には一応おいしく食べられることが分かった。

 にんじんについては、特に向陽二号、ひとみ、千浜の3種について詳しく検討した。昨年ほどBrixや糖含量に差がなく、生で味わっても優劣つけがたいものであったが、ごく微量のイノシン酸(にんじん+水に対して0.01%)を添加して煮た場合と、無添加で煮た場合では、評価が逆転するほど大きな影響を与えることが分かった。醤油や酒を少量加えて風味を増すと0.0033%のイノシン酸添加でも有効なことが示された。にんじん中のグルタミン酸量の差は高々0.005%程度であったが、その差がイノシン酸との相乗効果で拡大されるのである。うま味が野菜のおいしさをこれほど支配するとは、これまで指摘されたことがなく、従来Brixに頼る面が大きかった野菜にとってうま味は着目すべきもっとも重要な味であることが示された。

 分析型官能評価と機器分析に関しては、長野県産レタス5品種とさらに過熟なレタス(2品種)の計7試料について検討した。官能評価では、比較的評価結果が一致すると期待された「苦味の強さ」についてすら、「苦味なし」から「苦味強い」まで結果のふれが大きかった。しかし、過熟なものや、苦味の強いものは嫌われる傾向がみられた。多くの野菜において、糖含量の高いものは、官能的にも好まれる傾向があるが、今回のレタスでは相関関係は認められなかった。レタスのようにヘテロ性の高い野菜についての官能評価法や苦味成分、食感の理化学的評価法等今後の開発が待たれる。

 きゅうりについては、2回の官能評価と機器評価の関係を解析した。官能評価で好まれるきゅうりは糖含量が高い傾向が一致した。機器評価では、先端部と尻部で物理性に大差がみられ、今後の官能評価でも喫食部位を揃える必要がある。新鮮なきゅうりと10日間保存したものでは、前者が好まれる傾向はあったが、保存したものの方が歯ごたえが強まる傾向も見られた。歯ごたえの増加は機器分析でのCI値に反映されていた。保存に伴いジューシーさが失われるが、機器では評価できなかった。きゅうりの内部品質は天候等に左右されやすいため、試験の再現性を得るには、材料の供給が鍵になる。さらに、どのようなきゅうりが好まれるか、嗜好型評価とのすり合わせが必要である。

 ほうれんそうについては、生育程度の異なるもの(12月収穫)のおいしさと成分を比較した。M級とL級とでは、糖やビタミンCの含量は同等であり、お浸しではおいしさの差はなかった。油炒めではえぐみ・渋みがおいしさのポイントとして強調され、より強く感じられるL級ほうれんそうの評価が低下した。

 品種や栽培方法の異なるにんじんの成分と食味を比較したところ、糖含量等の成分は大差なかったが、食味評価項目中の「硬さ」と「風味の強さ」については差があった。にんじんのおいしさの評価に大きく関与する「風味の強さ」の差は、消費行動等にも影響を及ぼすものと考えられた。

 消費者嗜好調査では、にんじん3品種(ひとみ五寸、向陽二号、馬込)を対象に味に関して、試食して購入と試食なしで購入した消費者を対象に調査を行った。試食して購入した理由は、「実物を見て」や「POPをみて」よりも「試食してみて」の回答が約8割と高く、試食して購入したポイントでは、「甘み」が6割強、「風味」と「うまみ」は2割弱に過ぎなかった。「ひとみ五寸」と「向陽二号」は「甘み」への回答が圧倒的に高く、「馬込」では「風味」が圧倒的に高かった。試食なしで購入した消費者の調査結果によれば、選択の判断としたのは、「POPをみて」が6割弱、「実物をみて」3割弱であった。POPのどの項目に注目したかでは、「風味」が7割で、「食感」と「甘み」はそれぞれ2割弱に過ぎなかった。品種別にみると、「馬込」と「ひとみ五寸」は「POPをみて」がそれぞれ6割前後と高く、「向陽二号」は「実物を見て」が5割弱と最も高かった。試食して購入した回答者では、にんじんの「甘み」が重要な決定理由であり、試食なしで購入した回答者では、にんじんの「風味」を重要視して購入していた。ただし、このことはすべてのにんじんの品種に当てはまるものではないことも明らかとなった。このことから、にんじんの購入拡大につなげていくためには試食販売を含めた販売促進方法、とくにPOPの表示内容についてもさらに検討していくことが必要である。これに関連して、購入する際POP表示をみたかでは、高齢者ではPOPを見ていない回答者が過半数を占め、今後、POP表示の表示内容、表示方法、表示場所等の検討も必要と考えられる。

 事業に先立ち既存の文献を調査した。レタスについては10、だいこんについては7つの文献を抽出した。レタスについては特有の苦味と食感評価に関連する文献がみられた。苦味成分については、sesquiterpene lactone類との関係が示されている。食感については、カットレタスの保存中の変化を解析したものが多く、品種比較に応用するには技術的に疑問が残る。だいこんについては、辛味とイソチオシアネートの関係での解析が多い。また生食での評価事例が多く、その場合は辛味の強い下部が嫌われる傾向にあった。加熱調理して食する場合が多い野菜であるが、そのような場合の評価事例が少なく、事業展開においては、まず官能評価法の設定が必要である。

(東京農業大学 山 口 静 子)


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