第2章 野菜のおいしさに関する検討結果
T ニンジンの官能評価と機器分析
1 ニンジンの嗜好型官能評価
<まとめ>
  • ニンジン5種類を用いて、野菜に関心の高い社会人をパネルとして嗜好型の官能評価を行い、アミノ酸、ミネラルの分析値との関係を調べた。

  • 向陽、愛紅、ひとみの比較では、生、塩煮、鰹だし煮で比較したが、今回は試料間に大差がなく、分析値にも大差がなかったので試料の違いやだしの効果について明確に説明できる差は見いだせなかった。

  • 向陽、長ニンジン、有機の黒田5寸の比較では、長ニンジンはミネラルもグルタミン酸、その他のアミノ酸も明らかに多かったが、苦味もありニンジン臭さも強く個性が強かったために、一部の人には高く評価されたが、平均的には好まれなかった。

  • 黒田5寸は長ニンジンほどクセがなく、うま味や滋味もあり高くは評価されたが、好みによって評価が分かれ平均値としては向陽と大差がなかった。

  • 向陽を好むか、長ニンジンまたは黒田5寸を好むかで評価者を群別すると、風味、食感、味全てにおいて対立した好みと価値観を持ち、特にうま味や滋味において、向陽を好む人は、明らかに強いはずの長ニンジンのうま味も弱いと評価していた。

  • そこで、うま味の識別・認知のプロセスについてモデル実験を行った結果、だしやうま味の概念が確立している人は選択的注意がうま味に向くが、そうでない人は甘味や気になる苦味などに注意が向くためにうま味に気づくのが難しいことが分かった。

  • 50 代以上が過半数の社会人パネルと大学生447名のアンケート結果を比較すると、ニンジンへの嗜好形成度、ニンジン臭さ、甘味の好みにおいて、大学生は社会人に比べて嗜好度の形成度が低く、クセのあるニンジンを拒否し甘い物を受容する傾向があることが分かった。ただし積極的にもっと甘くしてほしい、ニンジン臭さを減らしてほしいと要望しているわけではない。

  • これらの結果から、昔のニンジンはおいしかったといっても、また、そのミネラル
    やアミノ酸などの微量成分の濃度が高くても、直ちにそれが高く評価されるわけではなく、価値観が確立されていない人には評価されないことがわかった。

  • しかし、万人の好む方向に向かえば、香りも薄く、クセがなく、甘味に支配されて滋味もないものへと向かい、アミノ酸やミネラルはじめ生体に有効な成分の薄いものへと徐々に向かっていくおそれがある。

  • 従って多数決原理の嗜好のみでなく、また個人の限りない要求に答えるのでもなく、野菜にとって何がもっとも重要なのかのビジョンを打ち立てる必要がある。

  • そのためにもやたらに甘味を増やし、苦味を減らし、香りを弱くするのではなく、
    生体に必要な微量成分がもたらす滋味に着目する必要があり、「だし」やうま味への感受性を高めることが重要なこともこの実験で示唆された。
文献

    1) 山口静子:野菜のおいしさに関する検討結果-嗜好型官能評価の概要.平成19 年度知識集約型産業創造対策事業 野菜のおいしさ検討委員会報告書(野菜と文化のフォーラム編),pp.17-41(2008)

    2)山口静子,鈴木康司,近藤 宏,大澤敬之:野菜のおいしさと評価者の認知・嗜好行動.日本味と匂誌14, 427-430 (2007)

    3)山口静子:官能評価から野菜の美味しさを考える.日本醸造協会誌,103,
    163-171(2008)

    4)山口静子, 鈴木 康司:うま味の概念形成と識別認知プロセス. 日本味と匂誌15,489-492 (2008)

    5)Yamaguchi,S.:Basic properties of umami and its effects on food flavor. Food Rev. Int., 14(2&3), 139-176 (1998)

(味覚と食嗜好研究所 山口静子)


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