第2章 野菜のおいしさに関する検討結果
T ニンジンの官能評価と機器分析
2 官能評価に用いたニンジンの分析結果
(1)背景と方法
 11月18日の官能評価に用いたニンジン試料のうち「向陽2号」、「愛紅」、「ひとみ五寸」、「国分(長ニンジン)」ついて、同時に(財)日本食品分析センターに送り、食味と関連の深いと考えられる「遊離アミノ酸」、「ミネラル」、「遊離糖」を依頼分析した。結果は表1 示す。

 19年度にも「ひとみ五寸」と「向陽2号」については分析している。「ひとみ五寸」の特徴は、一般的な品種である「向陽2号」と比べて全糖(ショ糖、果糖、ブドウ糖)に対してショ糖の占める割合が高かった。また19年度の分析値によれば、「ひとみ五寸」はグルタミン酸、アスパラギン酸の含量が高く、煮物にすれば出汁中のイノシン酸との相乗効果によりうま味を強く感じるものと期待された。

(2)生試料の評価
 今回用いた試料において、「ひとみ五寸」の糖組成の特徴については、19年度の結果と一致するものの、グルタミン酸、アスパラギン酸などのうま味アミノ酸の含量が、必ずしも多いとはいえなかった。

 「向陽2号」、「愛紅」、「ひとみ五寸」の官能評価において、生食の場合の「甘味の強さ」の評点については、「ひとみ五寸」が最も評価が高かった(19年度も「ひとみ五寸」が「向陽2号」より甘味が強い傾向あり)。「向陽2号」、「愛紅」、「ひとみ五寸」の遊離糖の合計量はそれぞれ、5.43%、5.18%、5.25%であり大差はなかった。果糖、ブドウ糖、ショ糖の中では果糖の甘味が最も強いとされるなど、糖の種類によって甘味の強さは異なることを考慮しても、官能評価の結果を糖の含量だけて解釈することはできない。19年度の検討結果では「ひとみ五寸」は硬くなく、ニンジン臭の少ない品種と位置づけられおり、今回の評価においても生の「食感の好ましさ」が優れ、「ニンジン臭さ」弱いとされることから、やわらかい食感や弱いニンジン臭が感覚的な甘味の強さを増したものと推定される。一方で「愛紅」については、香りに特徴がある品種である。糖含量が著しく低いわけでもないのに、生の「甘味」が最も弱いと評価されたのには、「ニンジン臭さ」が強いことも、官能評価の「甘味」を弱めたのではないかと推測される。

 生の「うま味の強さ」については、「向陽2号」が最も高い評点を得ている。今回の分析結果では「向陽2号」が3品種の中では最も多くうま味アミノ酸であるグルタミン酸、アスパラギン酸を含んでいた。また、生での総合的な「おいしさ」についても「向陽2号」が優れているが、グルタミン酸などのアミノ酸含量が生食でのおいしさの指標になるか否かはさらに例数を重ねて検討する必要がある。

表1 官能評価に用いたニンジンの化学分析値

 

(3)煮物の評価
 調理したニンジンについても官能評価されている。表1の化学分析は生のニンジンについて行ったものであため、出汁等を用いて加熱調理したものの官能評価した結果の解釈に用いることは慎重に行う必用がある。煮ることによってニンジン内の水溶性成分は煮汁に溶出する。一方で、調味料由来のブドウ糖やアミノ酸などもニンジン組織中に取り込まれるものと予想される。参考までに表2に生ニンジンと出汁で煮たニンジンの成分比較を示す。煮物については、官能評価時の調理法に準じて調理したもので、分析はキャピラリー電気泳動法によって行った。

表2 生と煮物の成分比較

 Asp:アスパラギン酸、Glu:グルタミン酸、Gln:グルタミン
 

 出汁で煮た「ひとみ五寸」については「うま味が強く」、「味がしっかり」しており、「おいしい」と評価された。かつおベースの出汁なので、グルタミン酸含量が高ければ、鰹節由来のイノシン酸と、ニンジンのグルタミン酸の相乗効果によりうま味が強まるものと期待されるが、グルタミン酸含量に品種間差は認められなかった(表2)。

 「ひとみ五寸」は、組織がやわらかいため、出汁の浸透がよく、そのため出汁由来のうま味成分であるイノシン酸を多く保持しているのではないかとも考えられる。そこで、煮物中のイノシン酸含量を比較したところ、「向陽2号」、「愛紅」、「ひとみ五寸」はそれぞれ、39、36、33 mg/kgであり、「ひとみ五寸」中のイノシン酸含量が他の品種より高いとはいえなかった。これらのことから、出汁で煮た「ひとみ五寸」のおいしさの要因については、今回の化学成分の分析結果からは解釈できず、未知(あるいは未分析)の呈味成分の影響も考えられる。ただし、「ひとみ五寸」については食感も好ましいと評価されているため、口腔内への呈味成分の溶出に優れ、味を強く感じさせたのかもしれない。

 さらに出汁で煮た「向陽2号」、「国分」、「黒田五寸」についても官能比較された。その結果、長ニンジン「国分」については、ニンジン臭く、甘味が弱いとされた。また、うま味が強いものの、おいしさの評価は低かった。表1は生試料の分析値ではあるが「向陽2号」と比べて、グルタミン酸、アスパラギン酸が明らかに多く、このことが「国分」のうま味評価に関係するものと考えられる。「国分」は他のアミノ酸も多く、このことが「味のしっかり感」、「滋養」にも関係しているものと推定される。

 「国分」は、果糖、ブドウ糖が少なく、ショ糖の割合が高い。糖の合計量では「向陽2号」に劣らないにもかかわらず、「甘味」では低く評価されている。「ひとみ五寸」ではニンジン臭の弱さが甘さを引き立てていると議論したが、「国分」ではニンジン臭さが感覚的な甘味を弱め、それが「おいしさ」評価が低いことにも関係するのかもしれない。

 「国分」はカリウムなどのミネラル類についても他の品種よりも高い傾向にあった。ミネラル類については、土壌条件や肥培管理の影響を受けると考えられるので、今回の結果を持って、「国分」はミネラルリッチであると結論することはできない。堀江はリン酸塩が野菜のエグ味に関係する可能性を指摘しており(味と匂学会2007年度大会)、またマグネシウムを苦味と結びつけて解釈する報告もある。「国分」はリン、マグネシウムの含量が高く、また官能評価によって、「エグ味」や「苦味」も指摘されているものの、これらの味がミネラルによるものか否かについては、今後詳細な検討が必要である。

(4)まとめ
 以上まとめると、遊離糖含量はニンジンの甘味への寄与が大きいものと推測されるが、品種間で比較する場合には、単純に糖含量だけで官能的な甘味が評価されるわけではない。硬さやニンジン臭さが官能的な甘味を弱めるように解釈される。また、うま味、特に出汁で煮たときのうま味については、グルタミン酸など既知成分だけでは評価できない場合があり、未知成分や食感の影響なども含めてさらなる解析が必要である。ニンジン臭さや食感なども、ニンジンのおいしさを特徴づける重要な要素であり、簡易に数値化できる方法の開発が待たれる。これら多様なパラメーターの相互作用の結果として「おいしさ」が位置づけられるものと期待される。
(野菜茶業研究所 堀江秀樹)


>> 野菜のおいしさ検討委員会 平成20年度報告書 目次へ