第2章 野菜のおいしさに関する検討結果
W 官能評価によるナスの調理適性
4 ナス果実の諸特性と官能評価結果との関係
(1)生試料について
 生試料の官能評価では、テクスチャーに有意差があり、「巾着」は「庄屋大長」より歯ざわりの評点が高く、「サラダ紫」より果肉が硬いと評価された。これは、表1に示した貫入応力値と良好な関連性を示しており、破断応力やもろさ応力とも関連した結果となっている。一方、甘みに関連する糖含量や渋みに関連するクロロゲン酸含量は、試料間で有意な差があり、「千両二号」は糖含量が、また「庄屋大長」はクロロゲン酸含量がそれぞれ他の試料より低かったが、味に関連する評価項目の値には有意な差が認められなかった。生試料においては口腔中に果汁が出にくいため、内容成分に差があっても味の違いとして認識されるには至らなかったものと推察される。
(2)加熱試料について
 蒸すあるいは揚げるといった加熱調理は、ナス果肉の破断応力ともろさ応力を大きく低下させた。このため、生では応力値の高かった「巾着」も他の試料と大差なくなった。

 「巾着」と「千両二号」(両者は肉質や成分含量に明らかな差がある)を用いて加熱による成分変化を調査したところ、糖含量には全く変化がなく、遊離アミノ酸含量においても特筆するほどの変化はなかった。これまで、加熱により渋みが抑制されて旨さが向上するのはアラニンやセリンといった甘みを呈する遊離アミノ酸が増加することによるものとの報告があったが、本試験で用いた試料や加熱方法ではそのような変化は認められなかった。

 なお、風味に影響すると考えられる官能評価項目の香りについては、試料間あるいは加熱方法間での差が認められなかった。
(3)呈味成分とおいしさとの関係
 「巾着」と「千両二号」には、蒸すことによって官能評価項目の甘みと総合に、また、揚げることによって旨味と総合に有意差が生じた。これは、「巾着」が「千両二号」よりも糖含量の高いことの影響と考えられた。しかしその一方、「巾着」と同程度の糖含量である「庄屋大長」・「サラダ紫」と「千両二号」とは官能評価で有意差がなかった。このことから、食味には果実の密度や肉質の違いが影響していると考えられた。

 遊離アミノ酸は、グルタミンやアスパラギンが量的に多く、これらは「巾着」と「千両二号」とではかなり異なったが、グルタミンは刺激閾値(味として感知できる濃度)がグルタミン酸に比べて50倍(グルタミン酸:5mg/100ml、グルタミン:250mg/100ml)も高いことから、味への寄与は小さいと考えられた。また、低濃度では主として酸味を呈するとされるグルタミン酸やアスパラギン酸は各試料ともほぼ同程度含まれており、量的にも少なかった。こうしたことや、「巾着」(アミノ酸の総量が「千両二号」の半分程度)が食味で良い評価を得たことなどを勘案すると、ナス果実のおいしさに及ぼす遊離アミノ酸の影響は小さいと考えられた。
(4)渋みとおいしさの関係
 ナス果実に含まれるポリフェノールの大部分はクロロゲン酸であり、クロロゲン酸は渋みを呈するといわれている。この渋みは加熱により好ましい味わいに変化し、おいしさに寄与するとの説もある。しかし、本試験において加熱により味の評価項目が大きく変化したのは「巾着」だけであり、同程度のクロロゲン酸を含有する「サラダ紫」や「千両二号」では味の評価項目に見るべき変化はなかった。また、クロロゲン酸が明らかに少ない「庄屋大長」でも、渋みや旨味に関する評価は他の試料と差がなかった。

 このように渋みは、生だけではなく蒸す及び揚げるといった加熱によっても、クロロゲン酸含量の異なる試料間に評価の差が生じなかった。このため、渋みとクロロゲン酸含量の関係及び渋みのおいしさへの寄与については再検討する必要があると思われた。
(5)肉質とおいしさとの関係
 「巾着」では、加熱により果肉が明らかに柔らかくなり、甘みや旨味が向上して渋みは弱くなった。その結果、総合においても生に比べて明らかな評価の向上が見られた。このことから、肉質はおいしさに影響を与えることが推察される。一方、他の試料では、生と加熱とでは果肉の硬さは明らかに異なるものの、味の評価項目においてはほとんど見るべき変化がなかった。特に、「巾着」と比べると果実の密度や糖含量などが同程度で果肉が柔らかい「サラダ紫」では、「巾着」とは異なり、味の評価項目に加熱による変化が認められなかった。このため、果肉の性質によってもおいしさに影響を与える程度は異なると考えられた。
まとめ
 ナスのおいしさに関わる要素としては成分と肉質が挙げられる。成分については、乾物重の半分近くを占める主要な物質である遊離の糖が、おいしさを向上させる一要因であることが明らかになった。しかし、遊離アミノ酸やクロロゲン酸のおいしさ(まずさ)への寄与は明確にはならなかった。なお、加熱処理は一部のナスではおいしさを向上させたが、糖やアミノ酸といった呈味成分の変化はほとんどなかった。このため、おいしさにとって抑制的に働いている成分が加熱処理により減少した可能性なども考えられるところである。

 また、加熱によってぬめり感が増加する傾向にあった。ぬめりはペクチンなどが可溶化したために生じたものと考えられるが、このような味を示さない成分と呈味成分、あるいはそれら成分と味蕾との相互作用によって味が変化する可能性も十分考えられる。このような成分間相互作用の呈味性への影響についてはほとんど解明されていないが、これらは「巾着」で認められた、加熱による味の変化を解析するうえでの重要な鍵になると思われる。

 一方、生でも大きな差があり加熱によっても大きく変化するナスの肉質は、食味に少なからぬ影響を与えた。肉質の違いは密度や応力値などの物理的測定量に表れ、果実密度は新鮮重当たりの含量が同程度であっても実際の食べる部分に含まれる成分量は異なってくること、また肉質の緻密さは口腔内での味の広がりに影響を与えることなどを推察させる。

 こうしたことから、ナスのおいしさ解明に向けては、今後、味に影響を与える新たな成分の探索や肉質と成分との関係などについて検討をすすめる必要があると考えられる。
(千葉県農林総合研究センター  宮崎丈史)


>> 野菜のおいしさ検討委員会 平成20年度報告書 目次へ