第4章 野菜のおいしさに関する文献調査報告
2.ピーマン
 ピーマンは子供に嫌われる野菜である。特に苦味や臭いに特徴があり、嫌われる要因と推定される。これら苦味や臭いについての研究報告がなされている。
(1)果実の発達と成分
 ピーマンは緑色の未熟果を食する。果実が成熟すると着色し、赤ピーマンなどとして販売される場合もある。嵯峨はピーマン(品種'カリフォルニアワンダー')の果実の発達過程の成分変化を調査している1)。嵯峨によると果実の発達は開花から3週間の第1期、3週後から7週までの第2期、7週以後の3期に分けられ、第1期に新鮮重が増加、第2期に乾物重増加、第3期が成熟期とされる。果糖、ブドウ糖は成熟に伴い増加し、一方でキナ酸、リンゴ酸の低下と、クエン酸の増加が観察される。色素としては、第1、第2期ではクロロフィルが多く、第3期ではカロテノイドが急増した。

 オランダのLuningら2)は着花後6週(緑色)、8週(催色期)、10週(赤色)後の果実について官能と成分を比較している。その結果、緑色の果実では、苦く、grassyで、キュウリ様、ピーマン様の香りがあり、赤色果では、甘く、酸味があり、赤ピーマン香に特徴づけられた。甘味は、果糖、ブドウ糖、全糖、乾物率に起因し、酸味にはクエン酸、アスコルビン酸の寄与が考察された。

(2)香り
 生ピーマンの香りのキー成分は2-isobutyl-3-methoxypyrazineとされ、本成分の閾値は10-7ppmと極めて低い3)。原は子供の嫌いな野菜であるピーマン、パセリ、セロリについて、Odor Unit(特徴となる臭い成分含量/閾値)の平方根を他の野菜と比較し、これらの野菜では値が高いことを示している。ピーマンについては、2-isobutyl-3-methoxypyrazineの量は多くないものの、閾値が低いために臭いを強く感じるものとしている。さらに、加熱により本成分の低下も指摘し、調理により臭いを和らげることにより、好き嫌いの解消につながることを期待している4)

 Luningらは文献2と同じ発達ステージの果実について香気分析を行い、果実の成熟に伴う香気変化を評価した。ピーマンの主な香気は 2,3-butanedione (カラメル臭)、1-penten-3-one(化学臭/刺激臭、スパイシー)、hexanal(草様)、3-carene(赤ピーマン風、ゴム臭rubbery)、(Z)-β-ocimene(鼻をつくrancid、甘い)、octanol(フルーティー)、2-isobutyl-3methoxtpyrazine(ピーマン様)であり、2-isobutyl-3methoxtpyrazineを含め青臭みに関するような成分は成熟とともに低下した。一方で、(E)-2-hexanalと(E)-2-hexanolは催色期、赤色果で高かった。また、香気のサンプリング方法によっても成分は異なり、カットしただけよりもホモゲナイズした場合に香気は強かった。細胞破砕による脂質酸化とその結果アルコール、アルデヒド、ケトンが生成しているものと考察される5)

 ピーマンについては、2-isobutyl-3methoxtpyrazineが特徴的な成分とされる。原の指摘のように加熱により本成分の低減の可能性は高いと考えられるものの、調理による香気の変化に関する報告は少ない。ピーマンは生食される場合が少ないため、本成分をキーとして低減できる調理法や、臭いをマスクする着香など工夫の余地はあり、子供にも好まれるメニュー開発につながるものと期待される。
(3)苦味
 ピーマンが嫌われるもうひとつの要因は苦味にある。Pribelaらは、ピーマンの苦味成分について解明を試みているが、品種や熟度で苦味が異なること以外は、苦味成分はフラボノイドであろうと推定したに過ぎない6)

 城内ら7)は、子供に嫌われる苦味を減じるための調理を工夫し、@特製ピーマン(ピーマンをフライパンで真っ黒に焼く)、A洋風おにぎり(細かく切り、チーズ味でマスクする)、Bツナマヨグラタン(チーズとツナの味でマスクする)などの料理を紹介している。ピーマンの苦味成分の性質が明らかになれば、効率的に調理によって味を変化させることも可能と期待されるため、物質の特定が望まれる。

 一方で、幼児に対しておせち料理に関するビデオを鑑賞させることで、幼児が食材に興味を持ち、ピーマンに対する嗜好性も改善したとの報告もある8)。ピーマンの香味を変えるのではなく、その特徴をおいしさとして受け入れるような食育も一方で重要と思われる。

1) 嵯峨紘一 (1993) 青果用ピーマン果実の発育にともなう内容成分の変化について. 弘大農報, 56, 33-40.

2) Luning, P. A., Vries, R. V., Yuksel, D., Ebbenhorst-Seller T., Wichers H. J. and Roozen J. P. (1994) Combined instrumental and sensory evaluation of flavor of fresh bell pepper (Capsicum annuum) harvested at three maturation. J. Agric. Food Chem., 42, 2855-2861.

3) ピーマン. 食べ物香り百科事典, 日本香料協会, 朝倉書店, 2006年, p476.

4) 原史子 (1990) 子供の嫌いな野菜の匂い. 高砂香料時報, 103, 9-13.

5) Luning, P.A., Rijk T., Wichers, H.J. and Roozen J.P. (1994) Gas chromatography, mass spectrometry, and sniffing port analysis of volatile compounds of gresh bell peppers (Capsicum annuum) at different ripning stages. J. Agric. Food Chem., 42, 977-983.

6) Pribela, A., Piry J., Karovicova, J., Karovicova, M. And Michnya, F. (1995) Bitterness of sweet pepper (Capsicum annuum L.). Part 1. Bitter compounds production during heat-treatment of sweet pepper. Die Nahrung, 39, 83-89.

7) 城内あづさ、杉野純子、吉岡聖未 (2004) 子供が嫌いな食べ物を使った料理法. 保育研究, 42, 31-34.

8) 小川宣子、河合里美、山中なつみ (2000) 幼児期における栄養教育. 6.食材への興味., 岐阜女子大学紀要, 29, 41-51.

(野菜茶業研究所 堀江秀樹)


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