第2章 検討内容の総括
野菜茶業研究所 堀江 秀樹
4 今後の展開

 多くの制約はあったものの、人的にも資材的にも比較的恵まれた中で4年間野菜のおいしさ指標設定に向けて活動してきた。残念ながら、おいしさの表示にまでは至らなかったものの、問題点については整理できつつある。おいしさ表示に向けてどのように展開していくのか、さらに問題点についてはどのような取り組みが必要なのか、以下にまとめた。

(1) おいしさ表示の試み

 スイカ、ホウレンソウ、キュウリ、生食のニンジンについてはおいしさ表示につながる知見が得られた。

 スイカについては、本年度スイカの糖度と甘さの関係を解析した。この検討結果を参考に糖度の測定法等を統一できれば、甘さの表示を店舗毎に統一できることが期待される。

 ホウレンソウについても糖度測定値に基づき、甘味の強いホウレンソウを差別化できるものと期待される。ただし、スイカと比べれば、汁液をとるのが困難なため、試料調製についての統一マニュアルが必要になる。夏季には糖含量は上がらないため、糖度表示のできる期間は冬季限定となる。

 ニンジンについては、ジューシーで軟らかいものが生食には好まれた。軟らかさについては、数万円の果実硬度計があれば数値化可能と期待できるので、簡易な物性評価法の確立が待たれる。試料調製法と測定法をマニュアル化し、目標数値を決めれば、科学的数値に基づいて、「生でもおいしい」などというポップを売り場にたてることが可能と期待される。

 キュウリについては天候の影響を強く受けるため、毎日同じ品質の果実を入手することは難しい。ただし、地産のおいしいキュウリが得られた時にだけ、「お日様の恵みを受けたおいしい地産キュウリ」等として限定商品として扱うことができれば、希少価値を消費者にアピールできるものと期待できる。また一般消費者に対して、作物は自然の恵みを受けて栽培されている(そのため、天気が悪い日には入手できない)ことをうったえる食育活動にも通じる。品質の管理には血糖センサーを用いて果実中のブドウ糖を測定し、設定値以上であることを確認する必要がある。

(2) 野菜のおいしさの官能的な解析

 「三浦ダイコン」のような伝統野菜について、品種名を隠して官能評価する場合にはその特徴がプラスには評価されない場合があることが明らかになった。こうした特徴的な「良い物」をきちんと評価するには、最適な調理法で調理したものについて、普通品種と比べてどのような特徴があるのか、分析的な記述が必要と思われる。味覚に詳しい研究者や料理人等が対象品の味の特徴、食感の特徴、香りの特徴などをまとめられれば、それだけでも、有用な資料になる。さらに、このような検討の結果は、科学的な官能評価を行う上での用語の選定や試料調製法の検討にも参考になるはずである。さらに、対象野菜を理化学評価する上で重要な項目の設定にも寄与するものと期待できる。

(3) おいしさの理化学的評価法の開発

 糖やアミノ酸の分析はルーチン化されているが、分析値が得られてもそれだけでは野菜のおいしさの解明には至らない。それぞれの野菜の特殊成分の分析や、食感の評価法など、じっくりと構えた研究開発が必要である。最近、フードメタボロミクスなる包括的な分析と統計処理を組み合わせた方法や、味覚センサーの利用も行われるようにはなりつつある。いずれの方法をとるにしても、人の感性と合うようなパラメーターについて、それぞれの野菜の特性を知りつくした研究者による地道な成果を待たなければ、おいしさの科学的な数値化には至らないだろう。

(4) 官能評価法の再構築

 ジュースや茶のように均質な試料を官能評価する場合と比べて、野菜は個体間、部位間の差も大きく、試料の不均一性が問題となる。さらに野菜は保存がきかないために、冬に採れた野菜と春に採れた野菜の味を直接比較することも難しい。野菜を扱う場合のパネルの選定、訓練、試料の調達、調製等について改めて検討する余地がある。


 以上、4年間「野菜のおいしさ指標の設定おいしさの表示」を目標に活動した結果をまとめた。当初予想していた以上に困難な問題ではあったが、こうした学際的な活動によって得られた成果は大きい。得られた成果は、店頭での野菜のおいしさの表示のための重要な資料になるものと期待する。さらに報告書の内容や検討中に得られた知見は、本やインターネット、あるいは他のメディア、集会等を通じて、一般の方や、関係者への還元をはかりたい。このような活動を通じて、野菜をおいしく食べることへの関心が高まり、日本の食を豊かにすることに貢献できれば幸いである。最後に、試験のための材料を提供いただいた方々、試料の手配と会の運営を司った事務局NPO法人野菜と文化のフォーラムの関係諸氏に謝意を表する。


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