第3章 官能評価に用いたタマネギの機器分析結果
野菜茶業研究所 堀江 秀樹
3 総合考察

 依頼分析先とは分析内容について十分につめた上で、今回の試験を行った。しかしながら実際の試料について解釈する場合には、多くの問題点が残されていることが明らかになったので、残された問題点を中心に考察する。

 クリームコンポートに調理した場合には、官能評価の結果、試料Bは試料Aよりも好まれた。加熱タマネギのコクには含硫成分の関与が指摘されているものの、含硫成分を直接個別定量する手段がなく、今回の分析においては、含硫成分の酵素分解にともなって生成するピルビン酸を分析するにとどまった。ピルビン酸や、呈味成分として知られるアミノ酸や糖含量をA、B間で比較するだけでは、何故AよりもBが好まれたか解釈することはできなかった。Bの方がコクや濃厚感が認められていることから、これらに関係するような成分をAおよびBで作ったクリームコンポート間で分析比較することが望まれるものの、現状では技術的に困難である。

 A、B間ではBの方が軟らかく、水分が多かった。このことが加熱時に火の入りやすさなどに影響し、アミノカルボニル反応等による香味生成を促進した可能性も否定できない。成分分析は加熱前の試料について行うのに対し、クリームコンポートの官能評価は加熱調理を経た後に行っている。クリームコンポートの官能評価結果を化学分析値から考察するには加熱による成分変化を考慮せねばならず、生試料の分析値のみから、調理野菜のおいしさを推定するのは極めて難しいといえる。調理中の成分変化や、物性や試料の形状と加熱時の成分変化しやすさの関係など、基礎的に詰めるべき事項が多く残されている。

 生食の場合、試料C、Dのような「しなやかな」食感のものが好まれている。これらの試料も含めて物性比較しておけば、生食で求められる「しなやかさ」を機器評価できた可能性もある。しかしながら、生タマネギの食感を評価するための標準的な方法はなく、今回物性評価試験を依頼できなかった。

 生食により官能評価した場合であっても、辛味を抜くために水でさらしている。水さらしにより、内容成分の一部は流失するはずであり、成分の流失にはタマネギの形や物性なども影響していたものと考えられる。成分分析値としては、水さらししたタマネギの値もあれば望ましかったが、試料調製が煩雑化するため依頼分析は難しい。

 さらにポリフェノールやピルビン酸等、依頼先と分析法の打ち合わせを十分に行ったつもりであるが、今後調理による変化等を解析するのであれば感度が十分とはいいがたい。

 これらを総合すると、今回の機器分析結果については、官能評価によるおいしさを指標化する目的では十分とはいえない。ただし今回の検討の結果、いくつかの問題点や今後への展望が提示された。

  1. 生食の場合は、食感が重視されるため、適切に食感を評価できる物性評価法の開発が重要である。
  2. 糖度は糖含量との相関は低く、水分と負の相関を示す。また、特に生食の場合は、糖含量や糖度が甘さの指標にはならない。
  3. 新たな呈味成分候補物質としてアルギニンが考えられる。
  4. コクに関係する含硫成分の分析法の普及が必要である。
  5. 加熱による成分変化、水さらしによる成分流失と、試料の形状や物性との関係の解析が必要である。
  6. 調理試料の分析やピルビン酸等特殊成分の分析、物性試験等が重要であるが、これらについては依頼分析が困難である。

 タマネギを生食する場合は、辛味が強すぎるため、官能評価の繰り返しが困難である。また、他の項目の評価についても「辛味」の影響を受けやすいものと推定される。したがって、特に生タマネギのおいしさ評価には、分析的な官能評価結果を反映した理化学的な評価法確立が重要である。さらに調理したタマネギのおいしさ評価を行うには、開発された理化学的手法を用いて調理過程の理化学性変化を解析して、十分な知見を蓄積した後に、品種や栽培方法間の差異について、官能評価結果を適切な理化学評価の結果と組み合わせて考察していく必要がある。



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