第5章 生ニンジンと加熱ニンジンの匂い特性および寄与成分の比較
お茶の水女子大学大学院 久保田 紀久枝
3 東洋系金時ニンジンと向陽2号の加熱香気の比較

(1) 官能評価による比較
  試料は、写真に示した2009年12月に収穫された徳島県産金時ニンジンと千葉県産向陽2号を用いた。前項と全く同様の方法で加熱試料を調製した。官能評価に先立ち、言葉あわせを何度も行い匂いの質の違いを調べたが、向陽2号で選出された用語で金時ニンジンの質も表わすことができるという統一的な認識がパネルの話し合いにより得られた。つまり、品種の異なる加熱ニンジンの匂いは質というよりもそれぞれのにおいの強さの違いで表すことができることがわかった。向陽2号をコントロールとし、各評価用語について金時ニンジンの匂いが強いか弱いかを+5〜−5の点をつけてもらった。結果を図4に示した。金時では“パセリ様”、“青臭い” の用語について低く評価された。また“重い”、“ほこりっぽい・日向臭”、“トマトの酸味を連想させる”の用語については、向陽2号に比べ高く評価された。このことから金時ニンジンはニンジンくさいにおいが弱まる分、ほこりっぽさや重さが際立つ傾向にあるということが示唆された。また加熱特有の香りとしての“かぼちゃのような甘さ” に関しては向陽2号に比べ、高く評価された。「ニンジンらしいにおい」を感じないことで、より甘さやまろやかさを感じるのではないかと考えられた。

(2) アロマグラムによる比較
  東洋系品種の金時ニンジンのアロマグラムを作成し、西洋系品種の向陽2号(図3)と比較した。品種が異なると加熱ニンジンのアロマグラムは少し異なっていた。匂いの違いとよく対応している。octanal,(E)-2-nonenal,2-methoxy-3-sec-butylpyrazineは向陽2号で高い傾向を示し、金時ニンジンでは向陽2号より低い寄与度であることがわかり、金時ニンジンは向陽2号に比べ“パセリ様”、“青臭い” といったニンジンらしいにおいが弱いことが官能評価だけでなく、アロマグラムの結果から説明された。また“ほこりっぽい・日向臭” などの評価用語は向陽2号に比べ金時ニンジンのほうが強いという結果であったが、「ニンジンらしいにおい」が弱い分、向陽2号と共通の“ほこりっぽい・日向臭” を示す化合物phenol,eugenol,α-bisabolol,vanillinのにおいを強く感じるのではないかと考えた。

 今回、加熱した向陽2号の特徴香気である“かぼちゃのようなほくほくとした甘さ”を表す化合物を探す目的で金時ニンジンの分析を行い、そのにおいに寄与していると考えられる4-decanolide,anisaldehyde,furfural,furaneol,geranic acidを新たに加熱香気成分として検出した。これらが匂いの違いに寄与していると考察される。

 本研究の結果より、金時ニンジンがお正月料理に利用される理由は、肉質が柔らかいこと、鮮やかな紅色が映えることだけでなく、ニンジンらしいにおいが弱く甘い香りが向陽2号に比べ強いことも関係しているのではないかと思われた。



>> 野菜のおいしさ検討委員会 平成21年度報告書 目次へ