(1)含硫成分
タマネギについては、欧米でも食される機会が多いため含有成分に関する報告も多い。「タマネギとニンニクの分析」と題される総説1)が発表されているが、含硫成分(イオウを含む有機化合物)に関してかなりのページをさいて記載している。なお、一般書などでタマネギ、ニンニクの含硫有機成分全般について「硫化アリル」と表記される場合が多い。硫化アリルという言葉からは単一の成分あるいは構造や特性上類似する物質群を期待させるが、関連する成分や特性は非常に多様であるため、硫化アリルという表記は行わず、含硫成分として記載する。
タマネギをはじめ、ニンニク、ネギ、ニラ、ラッキョウ等のユリ科野菜においては、R-システインスルホキシド(S-alk
(en) y-L-cysteine-S-oxide)を細胞質に含有する。R(アルキル基あるいはアルケニル基)については、ユリ科野菜間で組成が異なる。ニンニクについて最も詳細に研究されており、ニンニクではアリルシステインスルホキシドが主成分である。いっぽうタマネギについては、アルケニル基の二重結合の位置がアリルシステインスルホキシドとは異なるイソアリルシステインスルホキシドが主成分とされ、ニラではメチルシステインスルホキシドが主成分である。なお、アリルシステインスルホキシド、イソアリルシステインスルホキシド、メチルシステインスルホキシドは、それぞれアリイン、イソアリイン、メチインともよばれる。
植物組織が破壊されると、液胞中に存在する酵素アリイナーゼ(C-Sリアーゼ)がR-システインスルホキシドに作用し、スルフェン酸(sulfenic
acids)を生成する。スルフェン酸は非常に反応性の高い物質であり、重合してチオスルフィネート(thiosulfi
nates)を生成する。チオスルフィネートも不安定な物質であり、さらに反応が進行して多様な含硫成分の生成が進む。(アリシンはニンンクから生成する多様なチオスルフィネートのうちの一つである。)
タマネギの辛味は、R-システインスルホキシドに酵素アリイナーゼが作用した結果生成する含硫成分に関係するとされる。本酵素反応に際して、定量的にピルビン酸とアンモニアが生成される。酵素反応で生成されたピルビン酸を定量すれば、間接的に辛味成分など含硫成分の前駆物質であるR-システインスルホキシド量の推定が可能と期待される。官能評価で得たタマネギの辛味値が、ピルビン酸の定量値との間で高い相関を示すことが示されている2)。ピルビン酸からは、R-システインスルホキシドの組成は推定できないものの、その総量の推定が可能で、本法は多数の試料を扱うのに適するため辛味に着目した育種分野への応用がなされている。最近、辛味に関係するピルビン酸、甘味に関係するブドウ糖について、タマネギ中の分布と貯蔵による変動について報告された3)。品種によっては、ピルビン酸生成量が30日の貯蔵中に倍増するものもあった。また部位によりピルビン酸生成量が異なるため、著者らは、辛味測定には、タマネギを水平に切るのではなく、くさび形に切るよう奨めている。
タマネギを包丁で切ったら催涙性の香気が発生する。この成分は催涙因子(Lachrymatory Factor)と呼ばれ、広く研究されてきた。催涙因子も、タマネギのイソアリインから生成される物質のひとつで、(Z,
E)-propanthial S-oxideとされる。タマネギでは1-propenyl-cysteine-sulfoxide(イソアリイン)にアリイナーゼが作用し、1-propenyl
sulfenic acid(PSA)が生成されPSAが非酵素的な反応で催涙因子に転移すると考えられてきた。近年、PSAから催涙因子を生成するには酵素(achrymatory
factor syntase: LFS)が関与することが明らかにされた4)。催涙因子は調理に際して不快感を与えるため生成量の低減が望まれる。しかしながら、元となるイソアリイン量やアリイナーゼ活性を抑えてしまうと、タマネギらしい香味に関係するチオスルフィネートも生成されない。LFSの発見は、LSF活性を抑制することにより、チオスルフィネート生成を抑制せずに、催涙因子を低減できる可能性を示すものであり、このような目的での遺伝子組み換えもすでに成功している5)。
水溶性の含硫成分とコクとの関係について解析がなされた6)。タマネギ中の主要な含硫黄成分はイソアリイン(PeCSO)、イソアリインのγ-グルタミルペプチド(γ-Glu-PeCSO)であり、水中で加熱すると、シクロアリインが生成した。これらの成分について単独では味を示さないが、グルタミン酸ナトリウム、イノシン酸ナトリウムを含むうま味液に溶解して官能評価すると、コク味を示した。なお、ICP発光分析によって検出されたイオウのうち、90%程度がこれら3成分とメチイン、システイン、メチオニン、グルタチオンを合わせたものに含まれている点も興味深い。
(2)調理による香味変化
加熱タマネギの甘味はプロパンチオールによるものであると山西らが1955年に報告して以来、教科書等に記載されてきた。時友・山西はプロパンチオールを合成し、官能評価したが甘味は全く観察されず、加熱により生成するプロパンチオールが原因で加熱タマネギが甘くなるという定説は覆された7)。また、生タマネギ中には遊離糖が6%程度存在し、加熱の結果として、水分の蒸発による糖濃度の上昇、組織の破壊や軟化によって甘味を強く感じるものと推測された。
玉木・鵜飼は、炒めたタマネギについての官能評価、およびスープの官能評価を行った。炒め時間50分のタマネギは、25分炒めたものよりも糖含量が高いが、甘く感じられたのは25分炒めの方であった。50分炒めでは酸味が生じて甘味がマスキングされたと考察されている。ところがスープにすると、45−50分炒めたものから調製されたタマネギが甘いとされた。糖含量は他と変わらず、この試料では甘い香りが強いことが影響したと考えられる。甘味は糖含量からだけでは説明できないと考察された8)。
調理のニオイへの影響については時友の総説に詳しい9)。生タマネギのニオイはチオスルフィネートを主体とし、ツヴィ−ベランや閾値の低いジ(トリ)スルフィド類で構成される。これに対して電子レンジ加熱すると、チオスルフィネートは分解し、新たに生成した含硫化合物も揮散するため揮発性成分に占める含硫成分の割合は低下し、刺激臭も少なくなった。主な揮発性成分はジスルフィド、トリスルフィドであった。また、調理方法を変えた場合に、定量されるスルフィド類に差がみられた。炒めタマネギのニオイはネギ様のニオイのスルフィド類、油脂由来の不飽和アルデヒド類、フラン類・シクロテン・フラネオール・バニリン等甘い香気成分で形成されると考察されている。
オニオンスープの食味に及ぼす、タマネギの加熱方法の影響が比較されている。官能評価とともに、遊離アミノ酸、ペプチド、核酸関連物質、有機酸、遊離糖などが分析されている。炒めタマネギのかわりに揚げタマネギを使うと、甘味、うま味、コクの弱い淡泊なスープになった。タマネギを揚げている間にアミノ酸がアミノカルボニル反応で消費されたものと考察している10)。
(3)品種・貯蔵
玉木らは、北海道産のタマネギ13品種について、生と炒めタマネギについて官能比較している。生タマネギの官能評価と分析値の間では、刺激とピルビン酸に正の相関、甘味とピルビン酸に負の相関がみられたが、甘味と遊離糖、Brixの間に相関はなかった。フォーリンデニス法で測定した総フェノール量と炒めタマネギの苦味には相関関係が観察された11)。さらに9月下旬に収穫したタマネギを3月まで貯蔵し、品質成分を品種比較した。糖組成では、貯蔵にともないショ糖の減少、ブドウ糖、果糖の増加がみられた。いっぽう、ピルビン酸については貯蔵により増加する傾向がみられ、11月から12月に急激な増加のみられた「スーパー北もみじ」については、官能的な刺激もこの間急増した。「蘭太郎」「さらり」では、貯蔵による成分変動が少なく、ピルビン酸も低めであった12)。貯蔵性と品種の関係については、目黒らが検討し、硬いものの方が貯蔵性のよいことを示している13)。
淡路産のタマネギについても、貯蔵性の品種比較がなされている。ショ糖含量の高い「もみじ3号」において貯蔵性が高く、ショ糖と貯蔵性の関係が示唆された。8月と11月に炒めタマネギを官能比較したところ、貯蔵期間の長い11月では味が低下していた。北海道産は味や香りが劣るだけでなく、炒めた後も硬いと評価された14)。淡路島産タマネギについて品種や貯蔵の影響が小河によってまとめられている15)。Brixは早生に比べて中晩生が高いものの、糖含量には早生と中晩生の差がないこと、辛味の指標であるピルビン酸生成量は早生品種において少ないこと、また食感の柔らかいのは早生品種としている。さらに貯蔵中にショ糖の増加、ピルビン酸の減少がみられたと報告し、「もみじ3号」については十分成熟してから収穫し、一定の貯蔵期間後出荷するのがよいとしている。
- Lanzotti V. (2006) The analysis of onion and garlic.
J. Chromatogr. A, 1112, 3-22.
- Wall M.M. and Corgan N. (1992) Relationship between
pyruvate analysis and fl avor perception for onion
pungency determination. HortScience, 27, 029-1030.
- Abayomi L. A. and Terry L. A. (2009) Implication
of spatial and temporal
changes in concentration of pyruvate and glucose
in onion (Allium cepa L.) bulbs during controlled
atmosphere storage. J. Sci. Food Agric., 89, 683-687.
- 今井真介、柘植信昭 (2005) 涙の出ないタマネギを作出する鍵となる酵素の発見.バイオサイエンスとバイオインダストリー,63,
101-102.
- 鴨井亨宏 (2009) RNAiによる「涙の出ないタマネギ」の作出、催涙性を抑えつつ香味、健康機能性に寄与する成分を増幅.化学と生物,47,
226-228.
- Ueda Y., Tsubuku T. and Miyajima R. (1994) Composition
of sulfur-containing compounds and their fl avor
characters. Biosci. Biotech. Biochem., 58, 108-110.
- 時友裕紀子、山西貞 (1993) 加熱タマネギの甘いフレーバーについて.日本家政学会誌,44,
347-353.
- 玉木雅子、鵜飼光子 (2003) 長時間炒めたタマネギの味、香り、遊離糖、色の変化.日本家政学会誌,544,
60-76.
- 時友裕紀子 (2003) タマネギのにおいと調理.日本調理科学会誌,36, 321-328.
- 柴田圭子、渡邊容子、三好恵子、大貫勇、眞田英輔、宇田川政喜、安原安代(2004) 日本家政学会誌,55,
389-398.
- 玉木雅子、鵜飼光子、村田容常、本間清一 (2002) 北海道産タマネギの品質と調理加工特性.日本食品保蔵科会誌,28,
291-296.
- 玉木雅子、鵜飼光子、村田容常、本間清一 (2002) 北海道産タマネギの長期貯蔵中の品質変化.日本食品科学工学会誌,49,
670-678.
- 目黒孝司、土肥紘、志賀義彦 (1997) タマネギ鱗葉の硬さ測定法と貯蔵性の関係.北海道立農試集報,73,
41-44.
- 永井耕介、澤正樹、吉川年彦、根本基男、山田雅敏、中川裕八郎、伊佐定夫(1992) タマネギの貯蔵中の品質変化と炒めタマネギとしての適性.日本食品低温保蔵学会誌,18,
141-147.
- 小河拓也(2009)タマネギの食味に及ぼす各種要因. 農耕と園芸,10月号,131- 134.
|