なぜ、50℃に取り組んだかを、まずお話ししましょう。
大学で日本の食問題を考えることになった際、野菜の摂取量を見ると、日本はアメリカより少なく、韓国や中国は日本の倍以上も食べていることがわかりました。では、どうやって食べる量を増やすかという現状の施策を見ると、国も県も、生産や分析などにはお金を使っているが、おいしく食べるためにはまったく使っていないのです。これはおかしい! 野菜をおいしく食べる側から追いかけてみようと思いました。
私は蒸気が専門なので、加熱調理の仕方に疑問がわきました。うま味を閉じこめて熱を通すには蒸気がベスト。蒸し料理ではなく、低温スチームで、調理加工前に素材を最もよい状態にしておいてから加工したほうがよいのでは? 今の料理方法はおかしいのでは? でも、食べものは保守的な世界だともわかりました。
野菜を熱湯でゆでて冷水にとると、うま味も逃げます。うま味を残してアクだけを取る方法はないか? 調理業界はゆでることしかやっていないし、それが世界標準なのです。
しかし、煮るよりも蒸すほうがよいし、蒸すことにおいて、日本の技術は世界の最先端を行っています。
蒸す温度を下げていくと、アクが取れていって、きれいに、おいしくなる。ほうれんそうで試して、うま味が残り、アクが消える温度帯があることがわかりました。色よく、シャキシャキして、甘くなる。60℃まで下げると、日持ちがよく、2週間後もシャキシャキしています。蒸す方法を広げてみたい、でももっと手軽な方法はないかとも。
一方、葉の先にある汚れが水洗いでも取れず、気になっていました。
蒸す温度を下げていき、50℃近くになると、シナッとしていたほうれんそうが逆に起きあがり、蒸気の中で元気になる様子が見えたのです。面白い温度帯だなと思いました。そして、蒸すのではなく、この温度帯で洗ってみてはと思いつきました。これには、別府温泉で育った幼い頃の私の経験が甦りました。「50℃で蒸すのなら、50℃で洗ってもよいはず」。50℃で洗うと、葉の先の汚れもきれいに取れ、食べると、アクやエグミもなくなり、おいしくなっていました。
他人には言いませんでしたが、これは、蒸気が専門の私にとってはおもしろくない事態でもありました(笑)。
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