ニンジンは野菜の中でも好き嫌いの個人差が大きいが、嗜好度によって評価基準が大きく異なることが大学生をパネルとした官能評価によってすでに示されている1-4)。つまり、ニンジンらしい特徴が強いものを好む人と、ニンジン臭さも少なく野生味もなく食べやすいものを好む人が共存するため、ニンジン嫌いな人の嗜好に合わせようとすれば、ニンジンらしさを抑えて甘くて食べやすいものへと品質は傾かざるを得ない構造になっている。
その際重要なことは、食味は単に快楽嗜好の問題ではなく、ミネラル、ビタミン、食
物繊維その他さまざまな機能性成分など生体に必要な成分摂取に大きく関わっていることである。野菜の役割はこういった無数の成分をさまざまな種類から広く摂取することによって必要量を安定的に補給することにある。ニンジンらしさの強いものには当然苦味やエグ味などの野性的な味や風味をもたらす既知・未知の成分が多く含まれているはずであるが、いたずらに食べやすさを追求してそれらを排除すれば、生体に有用な成分が減り、あるいは脱落するおそれもある。
野菜の多くは顕著に強い味は持たないが、その味は複雑微妙で奥深いものである。ニンジンの甘味やニガウリの苦味のように少数の成分によって引き起こされる明瞭な味もあるが、その場合にも、どれともいえない多くの成分の微かな味が総合されて醸し出す、アミノ酸やミネラルなど多くの微量成分の総合された味が共存することで野菜の味に深みを与えている。このような微量成分による奥深い味は野菜スープなどで特に明瞭に経験され、昔から病人の癒しの食にもなってきた。大地の味ともいえるその地味な味わいは滋味ともいうべきものである。
なかでも重要なのが基本味の1 つであるうま味である。野菜に含まれるうま味成分は主としてグルタミン酸とアスパラギン酸であるが、茸には核酸系うま味物質であるグアニル酸も含まれている。これらは微量ではあるが、相乗作用を引き起こすことによって顕在化され、食物摂取の支配的な働きをする。僅か0.0033%のイノシン酸がニンジンのうま味を引き出すこともすでに示した。しかし、うま味だけ強調しても滋味にはならないし、全体のバランスが重要なことはいうまでもない。そのためにも特定の物質のみを強化するのではなく、無数の成分の醸し出す滋味を大切にする必要がある。
以上は大学生をパネルとした結果であるが、今回は調理科学の研究者、食品分野のジャーナリスト、野菜の勉強会の常連参加者など、野菜に関心の高い社会人を対象とし、とくにアミノ酸やミネラルのような微量成分による微妙な味と嗜好の関係を明らかにすることを目的として評価を行った。また試料の成分の一部を日本食品分析センターに依頼して分析した(分析の項参照)。さらに、昨年度大学生をパネルとして行ったうま味の識別に関する基礎実験および質問紙調査の結果についても併せて報告する。
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