第2章 野菜のおいしさに関する検討結果
T ニンジンの官能評価と機器分析
3 ニンジンの香気成分の官能評価と機器分析結果
(2)匂い成分の機器分析
 官能評価により、ニンジンは品種により、パセリ様の匂いと評価されるニンジン臭さに違いが見られた。また、ニンジン臭い匂いの他に、それぞれ微妙に異なる匂い特性があることが示された。そこで、次に匂いを構成する化学成分を分析し、成分組成を比較した。
<試料>

ニンジン試料は官能評価に用いたものと同じロットのものである。

<方法および条件>
ヘッドスペースGC-MS法
 ニンジンの匂い成分の分析には発生ガス濃縮導入分析装置(GLサイエンス社)によるダイナミックヘッドスペース法を用いた。3本のニンジンを上下3等分し、真ん中部分を分析に用いた。皮をむき、すりおろした試料に、酸化酵素の働きを抑えるため20%のNaCl を加え、そのうち10gを分析試料とした。

 ヘッドスペースガス中の匂い成分をTenax TAを充填した捕集管に捕集後、加熱脱着によりGC-MSに導入し分析した。

<結果>
@ テルペン類について
 ニンジンの匂いに関する研究は外国で多く行われており、匂い成分として表1にしめしたようなモノテルペンやセスキテルペン化合物が主として報告されている。また、これらテルペン類の含有量は品種により異なることが知られ、また、テルペン類が増加すると甘味を抑える要因となっているのではないかという報告もある。そこで、本研究ではテルペン類に着目し、食べたときの風味が異なる試料@―Bに示した7品種について匂い成分におけるテルペン類の含有量組成を比較した。そのうちの3種、キング紅芯、愛紅、向陽2号については、収穫時期や産地が異なる試料について同条件で分析し、比較した。

 各ニンジンのヘッドスペースガス中の揮発性成分を分析した結果、検出されたおもな成分は、モノテルペンおよびセスキテルペン炭化水素で、従来の研究報告とよく対応していた。匂いに特徴がある主な14種のテルペン化合物の匂い特性を表1にまとめて示した。

 また、各ニンジン10gのヘッドスペースガスに揮発された14種のテルペン類の絶
対量を測定し、その組成を図3 の棒グラフにまとめた。No. 1−8 がモノテルペン、9
−14 がセスキテルペン化合物である。

向陽2号と愛紅
 北海道で8月に収穫されたものと、11月に千葉で収穫されたニンジンのテルペン類の含量を比較すると、いずれの品種もかなり差があり、同じ品種でも産地や時期により匂いが異なることが推察される。また、官能評価では愛紅の方が向陽2号に比べニンジン臭さが強く、匂い全体としても強い傾向が見られたが、テルペン含量においても、愛紅の方が多いことが示され、官能評価の結果を支持している。一方で、テルペン組成のプロファイルを見ると、向陽2 号と愛紅は他品種に比べ類似したプロファイルを示した。
キング紅芯
 8月収穫のキング紅芯はセスキテルペンの含量が今回分析した全ニンジン試料中で最も多く特徴的プロファイルを示した。定量的官能評価はしていないが、向陽2号に比べ非常にニンジン臭い、土臭い匂いが強いと感じられたことより、セスキテルペン含量がニンジン臭さに関与している可能性が示された。11月収穫のキング紅芯は8月収穫のものとは外観が異なっているとともに、匂いも弱かった。香気成分組成もカリオフィレンのみが多く、他の成分は非常に少なく、8月の試料に比べ匂いが弱いことを裏付けていた。一方で、カリオフィレン(No. 10)は生薬的な匂いが強いことから、官能評価で向陽2 号よりもパセリ様の匂いが強い傾向を示したのは、他の成分が少ないためカリオフィレンの匂いが強調されたことが一因ではないかと思われる。
ベータ312,ひとみ5寸,紅あかり,紅楽
 いずれも、官能評価ではニンジン臭さは向陽と同等か弱いと評価された品種である。いずれも、テルペン類の含量は高くなく、匂いが強くないという評価を支持している。その中で、紅楽と紅あかりは弱い匂いの中で、それぞれ生薬的な匂い、甘い匂いという特徴が顕著に感じられた。いずれも表1に示したように、スパイシーと表される生薬的な匂いをもつカリオフィレン(10)とビサボレン(13)が主成分であることより、これらの成分が何らかの匂いを強めたことが考えられ、今後の興味ある検討課題のひとつである。

表1 ニンジン香気中に同定されたテルペン類とその匂い特性
(化合物の番号は図3 に対応)

No. 化合物 におい特性
モノテルペン化合物
1
α-terpinene
ハーブ様
2
γ-terpinene
ハーブ様、柑橘様、フルーティ
3
terpinolene
甘い、フルーティ、柑橘様
4
α-pinene
松脂様
5
β-pinene
松脂様
6
mylcene
テルペン様、甘い
7
d-limonene
甘い柑橘様
8
sabinene
ハーブ様
セスキテルペン化合物
9
α-phellandrene
グリーン香、甘い
10
β-caryophyllene
木、スパイシー
11
γ-caryophyllene
樹脂様
12
(Z)-α-bisabolene
石鹸様
13
(E)-γ-bisabolene
石鹸様、スパイシー
14
farnesene
木、柑橘様

 



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