第4章 野菜のおいしさに関する文献調査報告
 18、19年度にキュウリ、ニンジン、ホウレンソウ、レタス、ダイコンのおいしさに関する文献を調査した。20年度は引き続きナス、ピーマンのおいしさに関する文献を調査し、野菜のおいしさに関する文献調査報告として品目を補完した。

1.ナス
 ナスのおいしさに関する研究としては品種比較したものが多い。伝統野菜を含め、多様な形の果実が流通しているためと思われる。
(1)渋味とクロロゲン酸
 黒澤は各種ポリフェノール類の水溶液について官能比較し、最もナスの渋味に近いものとしてクロロゲン酸をあげている。クロロゲン酸はナスの主要なポリフェノールであり、カフェ酸とキナ酸から構成されるが、カフェ酸はナス独特の舌を収れんさせるような渋味を示した1)。クロロゲン酸は種子>外果皮>芯>中果皮の順に多く含まれていた。クロロゲン酸及び全ポリフェノールの含量は'米ナス'の方が'加茂ナス'よりも高く、両品種を炒めた場合、渋味は米ナスの方が強かった2)。黒澤の一連の研究により、ナスの渋味はクロロゲン酸を含むポリフェノールの寄与が高いと推定される。

 ナス果実中のクロロゲン酸含量については、立花・五十嵐によって測定され、花弁>外果皮>果肉の順に多く含まれていた。また、'長ナス'、'白ナス'よりも、'米ナス'、'緑ナス'で多かった。果肉中のクロロゲン酸含量は生重1g当たり1mg程度とされ、DPPH法で測定したラジカル消去活性とクロロゲン酸量の間には相関関係が認められた3)

 中尾らの研究においても、クロロゲン酸含量は果皮の方が果肉よりも多く、果肉中のクロロゲン酸含量は、'小ナス'、'米ナス'、'中長ナス'、'長ナス'、'白ナス'、'加茂ナス'、'水ナス'、'マクアポッ'の順であった。このことから、'加茂ナス'は渋味が少なく日本料理に欠かせない、'水ナス'は渋味が少なく生食に適すると考察している4)

 調理と渋味の関係についても黒澤によって報告され、食用油を添加して煮た場合には渋味が弱まること、揚げナス、炒めナスは他の油を使わない調理法よりも渋味を感じさせないことから、食用油には渋味を緩和する効果があると推定している。さらにカフェ酸の水溶液に5%の食用油を添加すると、渋味が低減することも観察している。これらのことから、食用油を添加すると渋味成分が一部食用油に移行し、味感覚器官に直接作用しにくいため、クロロゲン酸の含量が同じでも油料理した方が、渋味を感じにくいと考察している1)。また油で炒める前に水さらしすることによって、クロロゲン酸がナスに付着する油に移行する割合が増え、その結果渋味の感じ方が少なくなると考察している5)

 さらに、黒澤は加熱によって甘味やうま味に関する糖やアミノ酸が増加し、渋味を弱める可能性について試験している6)。その結果、蒸し加熱の場合には還元糖は増えず、加熱調理による甘味には糖以外の成分が寄与するものと考察している。アミノ酸については、調理によって生では観察されなかった甘味アミノ酸(アラニン、セリン)が観察され、これらによる甘味の影響を考察している。このことについては、1次元のペーパークロマトグラフィーによる定性的な結果であるため、さらに精度の高い分析法の導入が必要と思われる。さらに、アミノ酸の組み合わせによる甘味強化や渋味の抑制を試み、加熱調理によって生じる遊離の甘味アミノ酸の影響で、ナスの渋味が低下するものと結論している。このことについては、実際にナスに含まれる10倍以上のアミノ酸の濃度で官能評価した結果であり、再検討を要する。
(2)ナスの品質の品種間差
 近年ナス果実品質の品種系統間差についての研究がなされている。クロロゲン酸の品種間差については松添により0.14-2.6 g/gFW と報告され、'庄屋大長'で著しく低く、'小丸ナス'群で高かった。糖と有機酸の品種間差はクロロゲン酸ほど大きくなかった7)。果皮硬度については、'米ナス'群で高く、'水ナス'で低かった8)

 また、ナスの品種間で水分含量の差はわずかであったが、比重については差が大きく、'矢田系(奈良在来丸ナス)'と'水ナス'が高く、'くろわし'、'千両二号'、'庄屋大長'では低かった。また、果肉の硬さは調理によって低下し、品種間の相対的な関係は調理法によって異なった。さらに揚げナスの油分含有量と油っこさの関係の間には相関が観察された9)

 各品種の果実について調理を行った場合、蒸しでは'筑陽'、焼きでは'矢田系'、'千両二号'の評価が高いなど調理法によっておいしいとされる品種は異なった。また、特に蒸し調理の場合に、品種の差が大きかった。さらに、塩漬け、調味漬け、蒸しでは「水気」、煮では「味の浸透」、焼きでは「甘味」がおいしさの重要な要素と考察された10)

 果実の果肉について実体顕微鏡観察した結果、細胞の大きさ、大きさのばらつきは品種間で差があった。細胞間隙は'庄屋大長'で大きく'くろわし'と'矢田系'では小さかった。組織構造と物性、調理適性についてさらなる解析が望まれる11)
(3)伝統ナスの果実特性
 水ナスは大阪府の伝統野菜のひとつであり、その研究も大阪府立農業技術センターを中心に行われている12)。水ナス果実は、標準的なナス品種である'千両二号'と比べて、果皮が軟らかく、比重と多汁性は高かった。漬物にしたときに食味評価の高い水ナス系統については、多汁性のものが多かった。彼らは、多汁性の評価法として、直径9.68mm、厚さ5mmのディスクを果肉から調整し、2kg/cm2の応力で30秒間放置した後、果肉ディスクの下に敷いた濾紙に流出した果汁の重量を果肉ディスクの重量で除したものの値で表している。

 山口県の伝統野菜である'田屋ナス'については一般品種である'筑陽'との比較が神田らによってなされている13)。果実色素であるアントシアニンについて比較した結果、'田屋'は'筑陽'に比べて有意に少なく、味噌汁や煮汁への溶出が少ないため、煮汁の着色を嫌うような料理向けとされる。煮ナス、焼きナスについて官能比較した結果、'田屋'の方が「とろり感」が優れていた。加熱したナスについて可溶性ペクチン含量を比較したところ、'田屋'は'筑陽'に比べて有意に含量が高く、可溶化したペクチンが「とろり感」に影響したものと考察している。また、'田屋'の方が甘味が強く、遊離糖の含量も高かった。
(4)ナスのおいしさ研究
 今田は開花後の糖含量の変化を測定し、品種にかかわらず、かなり小さい果実からぼけナスとなるころまで糖含量は約3%で一定とした上で、果実の部位では一番太い部分が甘いので、こういった糖蓄積のメカニズムを解析することによって、甘いナスにつながる栽培技術につながると期待を述べている14)

 また、ナスについては、各地域に個性の強い在来の品種が存在する。これらの特徴を普通に流通しているナスと比較することにより、その特徴が顕在化できるものと考えられる。またその時に開発された評価手法については、他のナスの品種特性比較に応用することによって、比較的多岐にわたるナスの果実特性を整理できるものと期待される。

 最近、堀江・平本は、焼きナスの場合には官能的な甘味は増加するが成分変化はないことを示し、弱い力をかけた時に滲出するエキス量の差が味に影響すると発表している15)。果実の形状だけでなく、成分的にも品種間の差は大きく、また組織構造の品種間差も認められ、しかも多様な調理法が存在するナスは、黒澤の一連の研究にみられる渋味成分と他の成分の相互作用や、加熱によるとろみ感、さらにはエキスなども含めて、おいしさの探求がまだまだ必要な素材といえる。

1) 黒澤祝子 (1986) ナスの渋味におよぼす食用油の影響.調理科学, 19, 119-124.

2) 黒澤祝子 (1986) ナスの種類とポリフェノールおよび渋味について. 同志社家政, 20, 46-52.

3) 立花千草、五十嵐喜治 (2006) ナス果菜の栽培品種・部位別のアントシアニン量、クロロゲン酸量およびラジカル消去活性. 食科工, 53, 218-224.

4) 中尾有美子、中瀬紗智子、小窪かおり、刈田晴美、黒澤祝子 (2006) ナスの種類別、調理別におけるポリフェノールとラジカル捕捉能について. 同志社大学生活科学, 39, 39-46.

5) 黒澤祝子 (1998) 食用油調理におけるナスの全ポリフェノールとクロロゲン酸について. 調理科学, 21, 133-136.

6) 黒澤祝子 (1989) 加熱調理したナスの甘味および渋味について. 同志社家政, 23, 76-80.

7) 松添直隆、山本愛、圓師一文 (2004) ナス果実の糖、有機酸、アミノ酸、アントシアニンおよびクロロゲン酸の品種間差. 園学雑, 73別1, 95.

8) 松添直隆、山本愛、中野雄子、梅田知季、圓師一文 (2007) ナスの果皮硬度の品種間差異, 園学研, 74別1, 113.

9) 西本登志、前川寛之、米田祥二、矢奥泰章 (2006) 調理前後におけるナス果実の物性の品種・系統間差. 園学雑, 75別1, 140

10) 西本登志、後藤公美、山口智子、中木綾子、米田祥二、矢奥泰章 (2007) ナスの調理適性の品種・系統間差. 園学研, 6別1, 116.

11) 後藤公美、西本登志、矢奥泰章、米田祥二 (2007) ナス果実の組織構造の品種・系統間差,園学研, 6別1, 400

12) 中村隆、森下正博、原忠彦、因野要一 (1998) 水ナス果実特性の品種・系統間差. 大阪農技セ研報, 34, 1-5.

13) 神田知子、高橋須眞子、重藤佑司、内藤雅浩、刀祢茂弘、安藤真美、足立蓉子、島田和子 (2005) 山口県伝統野菜'田屋'ナスの嗜好特性. 日本調理科学会誌, 38, 410-416.

14)今田成雄 (2004) ナスはいつ頃甘くなる?野菜園芸技術9月, 20-21.

15) 堀江秀樹、平本理恵 (2008) 焼きナスの調理条件とおいしさの関係. 日本調理科学会平成20年度大会研究発表要旨集, 87.



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