第5章 検討内容の総括
1.野菜のおいしさに関するこれまでの検討経過と20年度事業の方向性
(1)これまでの検討経過
 野菜のおいしさに関しては、これまで、平成18、19年度の農林水産省補助事業知識集約型産業創造対策事業「野菜のおいしさ検討委員会(以下「検討委員会」と略)」において、野菜のおいしさに関する科学的な指標(物差し)の設定を目的に、官能評価と理化学的な評価を組み合わせた検討が行われている。その結果を要約する。

@キュウリ:糖含量の高いものが好まれることが示され、血糖測定器による簡易評価法も提案された。また、保存期間の長いものの方が歯ごたえが増加し、この現象は野菜茶業研究所開発の評価法Crispness Index に反映されることが示された(18、19年度)。

Aホウレンソウ:茹でたホウレンソウのおいしさには甘味が関与し、糖含量の高いものの評価が高かった。アクっぽさに関しては、シュウ酸が関係するものと考えられたが、シュウ酸含量の低いものがアクっぽくないという関係は認められなかった(18年度)。ホウレンソウは大きな株にした方が旨いという説もある。MS級とL級の2種類のホウレンソウを比較したところ、おいしさは「お浸し」では評価の差がなかったが、「油炒め」ではL級の方がえぐみが強く、評価は低くなった。季節変動等も考慮しておいしさを論じる必要がある(19年度)。

Bニンジン:生食及び煮物の場合、「国分ニンジン」(長ニンジン)のようにニンジンらしさの強いものが嫌われる傾向にあった。このニンジンは官能評価では甘さについても低く評価されるが、糖含量や糖度が低いわけではなかった。国分ニンジンは水分含量が低く、また形成層や内層の破断強度が高かった(18年度)。五寸ニンジンを比較した結果、生食の場合「向陽二号」は、他の2品種よりも甘味、旨味が低く評価されたが、分析の結果糖含量や糖度が低いわけではなかった(19年度)。

Cレタス:官能評価結果が非常にばらついたが、これは喫食部位により品質が異なったものと推察された。味の評価と糖含量の間に相関関係はなく、苦味の強いものが嫌われる傾向にあった(19年度)。部位によって味や食感が異なるため、非常に扱いづらい材料である。

 これらのことから次のように結論できる。すなわち、キュウリ、ホウレンソウにおいては糖含量が重要なおいしさ要因である。ニンジン、レタスにおいては、糖含量と官能的な甘さの間の相関関係は低い。

 一方で嗜好型官能評価の結果、Bにおいて嫌われた「国分ニンジン」については、煮ることによって優れた品質を示すものの、食べ慣れない人からの評価は低く、野菜のおいしさを検討する場合には、好きな人と余り好きでない人の評価の平均値で評価することの問題点が指摘された(18年度)。ダイコンを煮るとき、油揚げと煮た場合と鰹節と煮た場合では評価が逆転する場合があり、ダイコンのグルタミン酸と鰹節のイノシン酸との間の相互作用が示唆された。またニンジンについても、ごく微量のイノシン酸の添加が味に大きな影響を与えることが示された(19年度)。

 18年度野菜に関する消費者アンケートを行ったところ、野菜に関する大きな不満や問題意識が認められなかった。これは、消費者の要望が満たされているというよりは、関心が低いために問題意識がないものと解釈される。野菜需要の喚起には、消費者への的確な情報提供を行い、関心を引くことが求められる。これに対応し、量販店においておいしさに関する情報をPOP表示した販売調査を実施した(19年度)。これまでの成果をうけて、ニンジン3品種の特徴を「にんじんらしい風味」、「甘味」、「食感」について5段階表示して販売しアンケート調査した。POP表示には6割弱の人が関心を示し、実物だけを見ては分からない、風味に関する情報により購入を決める人が多くなった。このことから、POP表示での品質情報伝達は消費者の選択行動に影響を与える効果的な手段になると考えられた。

(2)野菜のおいしさ検討部会での検討方向
 20年度本部会では、これらの結果を参考にしながら、新たな視点から、下記のような検討を行った。

@ニンジンについては、生食の場合も糖含量と甘味の関係は見いだせず、水分含量や食感も甘味の感じ方に影響するものと推測される。ただし、ニンジンは生食よりも煮物としての利用が多いため、19年度の量販店でのPOP表示においても、生食だけでなく調理したニンジンについての評価も表示すべきとの議論があった。さらに19年度の嗜好型官能評価の結果からも、煮物にする場合の出汁成分との相乗効果の影響が指摘されている。これまでの野菜のおいしさの評価は、生食中心であり、煮物など調理品についての評価方法が確立されていない。そこで、ニンジンを材料にして煮物での嗜好型の官能評価を試みた。パネルとして検討委員会では学生パネルを用いていたが、20年度は野菜の関心の深い社会人を対象にした。結果を科学的に裏付けるため、成分分析も合わせて行った。ダイコンにおいてもうま味の相乗効果によって説明できそうな現象が認められたので、ダイコン、キャベツについてもニンジン同様に嗜好型の官能評価と成分分析を合わせて行った。

Aナスについては、19年度検討委員会にて主要な品種である「筑陽」と「千両二号」について嗜好型官能試験を行っている。国内には伝統野菜として数多くの在来品種が存在し、それぞれの地域で好まれている。特徴ある品種が収集できれば、調理法との関係でそれぞれの特性が明確化でき、さらに理化学的評価と結びつけることも容易ではないかと期待される。そこで、長岡の「巾着ナス」のような伝統野菜も含めて、調理と官能評価、化学成分や物性との関係を調査した。検討部会が実施した文献調査の結果によれば、ナスの渋味はクロロゲン酸によるものとされたため、特にクロロゲン酸の分析も追加して行った。

B子供の嫌う野菜として以前はニンジンが知られていたが、現在はピーマンが最も嫌われるとされる。ピーマン嫌いを解消できれば、その手法を他の野菜にも応用することによって、需要の拡大につながると期待できる。そこで、ピーマンのどのような点が嫌われ、どのように品質改善が望まれるのかアンケート調査を試みた。さらに、調理によるピーマンの香味改善の可能性を探った。ただし、ピーマンの嫌われる要因とされる苦味については、文献調査の結果、成分が同定されておらず、ピーマン臭物質であるピラジン類についてはごく微量しか存在しないため、分析が非常に困難である。そのため、本検討部会では理化学評価は行えなかった。

C検討委員会において、2年間ニンジンについて検討を続けたが、糖含量が直ちに官能的な甘さに結びつかなかった。ニンジンのおいしさを決めるうえでの重要な要素として、香味のニンジン臭さ、ニンジンらしさが挙げられる。ニンジンを品種比較した海外の文献によれば、テルペン類がニンジン臭に寄与しているらしいことは書かれているものの、国内のニンジンについて香気成分を分析した報告は極めて少なく解明が待たれる。そこで、国内のニンジン品種の香りと香気成分の関係について調査した。



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