第5章 検討内容の総括
2.検討結果の概要
(1)煮物(ニンジン、ダイコン、キャベツ)の嗜好型官能評価と成分分析
 検討委員会では訓練した学生パネルを用いた官能評価を主としていたが、本年度は野菜への関心の高い社会人をパネルとし、煮物における出汁成分とのうま味の相乗効果の検出を目標とした。以下、野菜品目毎に概要を記す。

@ニンジン
 「向陽二号」、「愛紅」、「ひとみ五寸」、「国分」、「黒田五寸」について「生」と「煮物」の官能評価を行った。前3者間の比較ではグルタミン酸の含量が(9~16mg/100g)と期待したほどの差がなかったこともあり、煮物の場合、出汁成分(イノシン酸)との相乗作用による「うま味」の増加では説明できなかった。一方、生で評価した場合、「ひとみ五寸」は最も甘いとされるが、糖含量が他よりも高いとはいえなかった。「ひとみ五寸」はやわらかく、水分の多い品種であるため、食感(物性)との関係で解析する必要がある。

 「向陽二号」と「国分」、「黒田五寸」の「煮物」を比較した結果、ミネラルやグルタミン酸などのアミノ酸含量の高い「国分」が「向陽二号」よりも「うま味」や「滋味」が強いと評価され、33mg/100g(「向陽二号」の倍)含まれるグルタミン酸は十分に認識された。ただし、「国分」は色が好まれず、ニンジン臭さが強いため、「おいしさ」の評価は低かった。

Aダイコン
 「福天下」、「冬みね」、「本三浦」、「大蔵」の4品種について煮物を調製し、官能評価した。「大蔵」はグルタミン酸などのアミノ酸やミネラルが多く、糖は少ないものの、うま味や滋味があり最も高く評価された。「本三浦」については、苦味や特有の食感についての評価が分かれた。

Bキャベツ
 「春系305号」、「あまだま」、「冬系C-35」の3品種について煮物を調製し、官能評価した。今回の試料については、成分的な差異が少なかったため、「あまだま」の糖含量が高く「甘い」という事以外は顕著な差異は得られていない。

 これらの官能評価の結果として、品質に差があれば、未訓練のパネルを使っても有用な情報が得られることが示された。また、「国分」ニンジンや「本三浦」ダイコンのような伝統的な野菜の味については、今回、野菜に関心の高い社会人パネルを用いた場合でも好き嫌いが分かれ、野菜のおいしさ(嗜好性)についての考え方に一律の基準を与えるのは困難と考察された。

(2)ナス品種の特徴と評価
 「巾着」、「庄屋大長」、「千両二号」、「サラダ紫」の4品種について、「生」、「蒸す」、「揚げる」の3種類の方法で調理し官能評価したところ、次のような結果が得られた。

 「巾着」は加熱すると柔らかく、うま味、甘味が強まり、ぬめりも出て独特のおいしさが出る。「庄屋大長」は加熱すると皮、果肉は柔らかくなるが、生でも加熱してもおいしさに大きな差は見られない。「千両二号」は外観、香り、味の点では調理方法に差はないが、加熱するとテクスチャーが向上した。「サラダ紫」は、色、テクスチャーの点で生食が適している。

 「巾着」は果肉が硬くしっかりしていると評された。貫入応力値も「巾着」が最も高く、これを裏付けた。また「庄屋大長」や「サラダ紫」の柔らかい肉質についても貫入応力値によって裏付けられた。果実密度も品種によって異なり、「庄屋大長」は有意に低かった。これらのことから、やわらかい「庄屋大長」と「サラダ紫」の間にも、肉質の差があるといえる。

 渋味成分とされるクロロゲン酸含量は「庄屋大長」において最も低かった。官能評価においても「庄屋大長」の渋味は弱い傾向にあったが、品種間に統計的な差は観察されなかった。糖含量は「千両二号」が有意に低かったが、生での官能評価の結果、「甘味」において品種間の差は観察されなかった。ただし、蒸した場合は「巾着」は「千両二号」より甘いと評された。生試料の場合は、口腔中へ果汁が出にくいため、内容成分の差が官能的な味の違いとして認識され難かったものと考察される。

  「巾着」は加熱するとうま味、甘味が強まると評された。そこで、加熱前後の糖、アミノ酸について分析したが、大きな差異は認められなかった。

 ナスにおいては、成分分析値よりも、密度、貫入応力といった物理性の差異が品種の特徴をよく表しており、肉質のさらなる比較解明が必要である。また、加熱により軟化し、「歯触り」や「ぬめり」などの食感が変化する。このような食感の変化も感覚的な甘味やうま味の増加に寄与しているのではないかと考えられるので、さらなる検討が必要である。

(3)ピーマンのアンケート調査と調理法の比較
 ピーマンは子供に好まれない野菜とされる。成人女性をモニターとして、ピーマンに関する考え方を調査した。その結果、@成人女性の8割以上がピーマンの必要性を認め、現状のピーマンを好ましいと認識していること、Aピーマンが好きな層では「苦味」を肯定的にとらえる一方で、嫌いな層では「苦味」を嫌いとする場合が多いこと、Bピーマンの香りについては現状の香りに肯定的であること、などが明らかにされた。したがって、苦味成分を解明し、苦味の弱いピーマンを育種、栽培することはピーマン嫌いの人を取り込むには有効であるが、現状の苦味等の品質を維持したピーマンを流通させることも、ピーマン好きの人のピーマン離れを招かないためには肝要である。さらに、ピーマンをおいしく食べるための工夫も必要と考察された。

 これを受けて、調理方法を変えたピーマンについて官能評価を行った。品種「みおぎ」について、「生」、「炒める(塩、醤油、醤油+肉エキス)」、「焼く(塩、しょうゆ)」、「揚げる(塩、醤油)」、「茹でる」、「煮る」の10種類の調理を行い官能比較した。次のような結果が得られた。ピーマンは炒める、揚げるなど油を使用する調理方法が、色、つやがよくなり、高温調理のため香りが和らぎ、苦味が少なくうまみが増す。テクスチャーは、煮物のように柔らかくするより皮の硬さが残っている方が好まれる。また調味は香りとうまみ成分が含まれる調味料(例えば醤油)や、動物性食品を併用したほうが高い評価が得られた。

(4)ニンジン臭の評価
 18、19年度の検討委員会において、ニンジンの評価においてはニンジン臭さやニンジンらしさが重要と指摘された。そこで、7品種のニンジンおよびそのうち3品種については産地、収穫時期の異なるものを試料とし、官能評価および機器分析により臭い特性の比較を行った。その結果、「向陽二号」と「愛紅」の間では、「愛紅」の方がニンジン臭さが強いと評価されたが、分析値のテルペン含量も「愛紅」が多かった。ニンジン臭が強く、土臭かった8月どりの「キング紅芯1尺」でセスキテルペン含量が高かったことから、セスキテルペンがニンジン臭に関与していると考えられた。一方で、11月どりの「キング紅芯1尺」は弱い生薬的な臭いであり、カリオフィレンの寄与が示唆された。「ベータ312」、「ひとみ5寸」、「紅あかり」「紅楽」については、臭いは強くなく、テルペン類も少なかった。このようなことから、ニンジン臭とテルペン類の関係が強く示唆された。しかしながら、それ以外の微量成分(例えば2-methoxy-3-(1-methylpropyl)pyrazine)については、今回定量できなかった。ニンジン臭さが、具体的にどの成分がどういったバランスで含まれる場合に強いのか、今後解明されなければならない。


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