第2章 検討内容の総括
野菜茶業研究所 堀江 秀樹
3 これまでの総括と残された問題
 消費者はおいしさに関する情報提供を求める要望が強いことが、18年度及び21年度のアンケート調査の結果明らかになった。そこで野菜のおいしさの指標を設定する試みを4年間継続してきた。これまで扱った野菜について、文献等の他から得られた情報も含め、おいしさの指標化とその活用法の観点から品目ごとに下記にまとめる。

(1) キュウリ
 ブルームレス台木が普及してからまずくなったとよく言われる。しかしながら、自根やブルーム台木を用いた方がおいしいという科学的知見はない。糖含量がおいしさの重要な指標になる。また、収穫後物性は急激に変化し、冷蔵庫で保存すると、ねっとりした食感からバリバリした食感に変化する。糖含量は天候に影響されやすいため、好天の日の翌日収穫されたキュウリを収穫当日(または翌日まで)に販売できれば、食味や食感の上で、これまでの市場流通品とは明らかに異なる品質(ねっとりした食感と甘さに特徴)のものを消費者に届けることが可能になる。このようなキュウリは、気象条件が合わないと収穫できないため、直売所等産直流通における目玉商品のひとつとして期待される。品質のチェックには、血糖センサー(糖尿病患者自身が血液中のグルコースを測定する装置)などの利用が可能である。

(2) ホウレンソウ
 冬季にショ糖を蓄積し甘くなる。いっぽう、えぐ味はシュウ酸によるものとされるが、シュウ酸含量とえぐ味には直接的な相関関係は成立しない。流通現場においては、ショ糖含量の簡易定量は困難なので、栽培法などを糖度によってモニターし、この結果を差別化販売に利用できるものと期待される。そのためには、葉菜類では果菜類と比べて汁液の採取が困難なので、汁液の採取方法など糖度測定法の共通化をはかる必要がある。

(3) ニンジン
 生食が必ずしも一般的とはいえないが、生食の場合には、肉質が軟らかく多汁なものが好まれる。これらの項目については、物性や水分含量等の測定により数値比較は可能と期待され、「サラダにも使えるニンジン」等、店頭表示することは比較的容易と考えられる。いっぽう煮物としては、パネルの嗜好性や、出汁の種類によって評価が分かれた。ニンジンの調理適性とその評価法については今後基礎的な検討を要する。

(4) レタス
 苦味の強いものは嫌われる傾向にある。ようやく苦味成分についての知見が得られるようにはなったものの、現状、ごく一部の研究機関でしか分析できない。品種間差や熟度による差等、研究の進展が待たれる。さらに苦味成分の分布や食感についても部位により大きく異なるため、試料の調製を含めた官能評価や理化学評価について、レタスに適した方法論の検討も必要である。

(5) ナス
 サラダ用品種の特性評価については、検討事例(神奈川県農業技術センター研究報告、2009)があるので参照できる。ナスは通常加熱調理して食するが、加熱すると成分変化がないにも関わらず、甘味が強まる場合がある。その要因については、食感の変化が寄与している可能性を指摘したが、そのメカニズムを明らかにしないと、成分分析結果だけからは加熱ナスのおいしさは推定できない。加熱による肉質変化に関する基礎的な検討が必要である。

(6) ピーマン
 ピーマン臭に関する成分(2-メトキシ-3-イソブチルピラジン)は加熱しても減少しないことが明らかになった。一方で、調理方法の選択によって、ある程度嗜好性を向上させることができることも明かになった。しかしながら、いかに調理してもピーマンを食べられない学童もおり、嫌われる要因である苦味を抑制するには、標的とする苦味成分の解明がポイントとなる。現状では、苦味成分については未だに解明されていない。さらに、香気成分も含め、おいしさに関する成分について、品種との間での比較がほとんどなされていない。ピーマンのおいしさにはどのような成分が関わるのか基礎的研究が待たれる。

(7) ダイコン
 辛味成分(イソチオシアネート)が明らかにされているので、生食における辛味を中心とした検討事例が多い。辛味の強いおろし用ダイコンの選定は現行の技術で十分可能であるが、依頼分析を受けられる機関がない。煮物の場合は、嫌な味として苦味が指摘されるが、苦味成分は不明である。煮くずれしやすさ等の物性も重要であるが、生ダイコンの硬さの評価法を除き、検討事例が乏しい。出汁成分のしみこみ等、基礎研究の充実が待たれる。

(8) キャベツ
 カットキャベツの食感評価法について、複数の研究グループにおいて検討が進みつつある。新たに開発された手法を取り入れれば、カットキャベツとしてのおいしさ評価が可能になるものと期待できる。一方で加熱調理については、文献的な知見が乏しい。

(9) タマネギ
 生食では、辛味が強く感じられるため、辛味指標としてはピルビン酸の測定値が利用可能と期待できる。ただし、測定法が煩雑なため十分な精度で依頼分析できる機関がない。加熱時には、タマネギ由来の含硫化合物と出汁成分の相互作用によりコクが生じたり、加熱による香気成分の変化が期待されるが、分析の困難な成分も多いため、品種や栽培法との関係での解析は現状ではかなり難しいものと考えられる。サラダを想定した場合の、新タマネギの軟らかさなど、食感や触感の評価法の確立が今後現実的に取り組める課題である。その後、このような知見を基にして加熱調理との関連での評価法開発が待たれる。

(10) スイカ
 糖度と甘さについては関係が認められ、カットフルーツとして販売する際に糖度表示があれば、消費者の選択の助けになる。糖度の場合は測定法も簡単であることから、甘さについて店頭表示に展開することは比較的容易と考えられる。ただしスイカの糖度は部位により異なるため、測定部位や測定方法、甘さの表示について統一の基準を設定しないと混乱を招く可能性がある。甘味だけでなく、食感もおいしさの重要な要素なので、今後はシャリ感など食感の客観的評価法の開発が望まれる。

 以上、検討委員会及び部会で扱った野菜について品目ごとにおいしさの指標化についてまとめた。スイカについては、量販店等での甘味表示は本資料を参考に、統一した方法で行うことが可能と期待できる。一方で、キュウリ、ホウレンソウ及びニンジン(生食)については、評価方法を現場に適用できるよう工夫すれば、なんらかのおいしさ表示は可能と期待される。他の野菜については、範となるような基礎的な研究例が不足しており、これらの野菜の品質に関する基礎的な解明や評価法の開発が待たれる。

 ここで4年間を振り返り、事業として野菜のおいしさを扱い検討する場合の問題点について以下に整理してみる。

ア.材料収集の困難さ
 消費者は、季節に応じたおいしい野菜を求めており、それぞれの野菜品目の旬を勘案した検討品目の選定・評価日程の計画実施が最も基本的なことである。しかしながら単年度予算での報告書の作成という制約があり、限定された期間内での検討品目・検討時期の設定を余儀なくされ、評価野菜の旬すなわち、最適期の試料を収集できなかったことが最大の問題であった。

イ.試料調製の困難さ
 野菜は、個体間や部位間で成分や物性に微妙な差があり、生食・加熱試料を評価する場合に、それぞれの試料で同一の部位を供することは厳密には難しかった。その結果、それぞれのパネルが異なる部位の組み合わせでの官能比較となるため、データのまとまりが悪く、統計的な有意差を得ることが難しくなる。

 さらに官能評価用試料調製の際は、成分や物性の不均一さ以外にも、調理方法の選択も重要な問題として考えられる。また、調理過程での成分の流出や変化が期待されるため、理化学評価においても、官能評価に供したものと同様に調理した野菜を対象として分析・評価すべきである。しかしながら、輸送中の試料の傷みも予想されたため、分析機関に搬送しての評価は多くの場合行えなかった。

ウ.官能評価パネルの選定の問題
 官能評価結果は、評価者の嗜好形成度・鑑別能力の大小によって結果が大きく左右されるので、パネル選定の重要性が指摘されていた。本検討部会ではパネルとして野菜と文化のフォーラムの野菜嗜好形成度の高い方々の協力を得て実施した場合もあるが、年代差・出身地など評価者の偏り等々からの課題も浮上した。野菜品質の指標化には目的にあった官能評価パネルの選定の重要性が明らかになった。

エ.機器による評価の問題点
 おいしさの指標を与えるには客観的な数値が求められる。これに対応して、成分分析や物性の評価を官能評価と並行して行った。成分分析においては、最も信頼できる分析機関である日本食品分析センターに依頼する場合が多く、その結果、糖やアミノ酸など一般的な食品成分に関しては、期待通りの精度で分析された。ただし、野菜成分は個体毎、あるいは個体内でも部位によって大きく変動するため、官能評価に供した試料の裏付けとするには、試料の調製を含めて反復分析の必要性が考えられる。また、アミノ酸や糖以外の野菜固有の成分については、ニンジンやピーマンの匂いに関して実施したように、大学や研究機関との連携が重要である。また食感も重要な要素であるが、依頼分析では個々の野菜の特性に合った方法を選択できないため、専門の研究機関との連携が求められる。


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