第5章 生ニンジンと加熱ニンジンの匂い特性および寄与成分の比較
お茶の水女子大学大学院 久保田 紀久枝
 ニンジンは日常的に手に入りやすく、生でも加熱しても利用しやすい食材であるが、一方で、嫌いな人が多い食材でもある。ニンジンを嫌いな人は、そのにおいが苦手である人が多いという。生ニンジンと加熱したニンジンは、強いというわけではないが、それぞれ異なる特徴ある匂いを有している。本研究では、最も多く市場で流通し、家庭でも食されている5寸ニンジン「向陽2号」を用い、生と加熱したニンジンについて、それぞれの匂いの違いと特徴香気を官能評価と化学分析により調べ、比較した。また、お正月の料理や京料理に使われ、日本で唯一市場に多く出回る東洋系品種の金時ニンジンについてその加熱香気を向陽2号と比較した。

1 官能評価による生と加熱ニンジンの匂い特性の比較
 官能評価方法として定量的記述分析法を用いた。評価用語についてパネルを習熟させた後、評価させる方法で、訓練により専門パネルとして少人数で評価できるため、研究室レベルでも評価が行えることにより採用した。また、評価試料の特性を表す言葉を用いて評価し、特性を数値化し、視覚化できる利点がある。

(試料と方法)
 2009年5月千葉県産「向陽2号」ニンジンを試料とした。ニンジンの上下部分を除き、皮をむいた後、生試料の酸化酵素活性を抑えるため10%のNaClを添加し、フードプロセッサーで粉砕したもの10gを使用した。加熱試料は、同様に上下部分を除き、皮をむいたのち、2cmの輪切りにしたものを15分間または30分間蒸し器で加熱した。蒸し加熱時間は、庫内温度92℃に保ち、経時的に試料の内部温度と硬度を温度センサーおよびソフトフルーツ硬度計を用いて測定した。試料内部温度は、加熱後15分で88℃に達し、その後88−89℃を保っていた。中心部の硬度は、図1に示したように15分と30分で顕著な硬度変化が見られたため、加熱時間15分および30分のニンジン試料を官能評価対象とした。生と同様に10%のNaClを添加し、フードプロセッサーで粉砕したもの10gを試料とした。各試料を50ml容積のスクリューキャップ付き茶褐色バイアル瓶にいれ、室温で提示した。官能評価は21−24歳の女性パネル10人により予備実験により15個の評価用語を決定し、10cmのラインスケールを用いた定量的記述分析法で評価した。

(結果)
 図2に示したように、生と加熱ニンジンでは異なったプロファイルを示した。向陽2号の生ニンジンは、“パセリ様”、“青臭い”、“木のにおい”、“花様の”、“ツンツンする”、“砂糖のような甘さ” の用語で特徴づけられ、これらの匂いが生ニンジンの特徴であることが示された。一方、加熱ニンジンは、“パセリ様”、“青臭い” “木のにおい” など新鮮な、刺激的な匂いは弱くなり、“ほこりっぽい・日向臭”、“重い”、“金属臭”、“トマトの酸味”、“まろやかな”、“かぼちゃのような甘さ” の特性が高く評価され、重く、ねっとりした甘みを感じる香りとなることが示された。また、加熱15分と30分では有意な違いはほとんど見られなかった。15分で十分加熱され、その後は大きな変化はないものと結論された。また、広がりのある、スパイシー、金属臭の3つの評価用語に関しては、生および加熱ニンジンで有意な差はなく、調理方法の違いを問わずニンジンの共通した匂い特性であると思われた。



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