第9章 野菜のおいしさに関する意識調査とタマネギの官能評価
味覚と食嗜好研究所 山口 静子
3 タマネギの官能評価

3.2 結果

3)クリームコンポートでの評価結果
 図14は特性に対する評価者全体の平均値とそれに対応して経験者の多い高年群と54才以下の若年層に群別したときの平均値を示す。

 図15には意識調査において、「最近の野菜は概して本来の野菜らしさがなくなった」に対して、そう思う(5点以上)、思わない(4点以下の人で大部分は4:どちらともいえない)で評価者を群別して求めた平均値を示す。最上段は図14と同じである。
 図14では大部分の項目でXよりYの方が高く評価されているが、その差は高年者の方が大きく、高年者は辛み、苦味以外のすべての項目でYを一貫して高く評価している。また図15でもほぼ同様に「本来の野菜らしさがなくなった」と思う人の方が、試料間の差をより大きく識別しており評価の一貫性も高かった。

 しかし若年者と本来の野菜らしさがなくなったと思わない人は、差がつかない項目もあり、特にタマネギ風味の強さはXの方が強いとしていた。それぞれの選択理由(表4)を見ると、Xは味が単調であるために、タマネギそのものの風味が浮き立って感じられたためと思われる。酢カド、塩カドが立っているなどといわれるのも同様であるが、タマネギらしさ、といっても複雑な料理の味と融和して感じられる調理しておいしく感じられるタマネギらしさと素材の生っぽい味や風味が突出して感じられるものを見極める必要がある。

 クリームコンポートでは辛みや苦味はほとんど感じられなかったが、図14と図15をみると、きわめて僅かであるが、若年者と、本来の野菜らしさがなくなったとは思わない人の方が強く感じる傾向が窺える。つまり辛みや苦味など生得的には負の感情を引き起こすものを強く意識する可能性があるかもしれない。

 「どちらのクリームコンポートが優れているか」の二者択一式質問では、X(慣行)とY(有機)の選択率は評価者65名中10:55で、圧倒的多数でYが選ばれた。Xを選んだ10名中3名は無記入欄が多かったので、どちらを選んだかのデータのみを採用したものである。

 それぞれの選ばれた理由を表4に示す。

 Yを選んだ理由には、味がしっかりしている、コクがある、複雑さ、まろやかさ、味の深みを示す具体的な言葉が多く挙がっている。生食や蒸し煮、またXではこのような言葉はあまり出現していなかった。

 この実験での最大の関心は、同じ銘柄の慣行品と有機栽培とされるものの違いであった。生食や蒸し煮ではいずれも大差はないものの有機栽培のB(G)は最も低く評価され、慣行栽培のA(H)よりむしろ低い評価であった。また、ところがクリームコンポートでは大差が見られた。

表4 優れたコンポートとしてXまたはYが選ばれた理由

(Xを選んだ理由)

  • 味に深みと甘みがある
  • 味が口の中に残る
  • 素材の味が生かされている
  • 全体のバランス、味の濃さ
  • Yは玉ねぎが感じられなかった、バターなどがむしろ強かった
  • 玉ねぎの甘みが感じられ優しい味がした
  • 玉ねぎの風味が残っている
  • Yは玉ねぎの風味を殆ど感じられなかった。そのためか調味料の味が強かった。
  • Yはコンソメの味がする
  • Yは残る味があるがおいしいということではない
  • 直感です

(Yを選んだ理由)

  • 味がしっかりしている 2
  • 味がしっかりしている、料理に合っている
  • 味がしっかりしていて甘味がある
  • コク
  • 甘さとコク
  • 味にコクがありおいしい
  • 風味とコク
  • コクがありスッキリした後味。好みの問題
  • 味が濃い
  • 味に濃厚感がある
  • バターの香りが生きている、まろやか、コクがある
  • 味に幅と厚み、ふくよかさがある。
  • 濃厚、深み、丸み
  • 味の複雑さ(Xは若干ローストを感じる、Yは生っぽい)
  • 水っぽくない、濃厚さ
  • 甘み。雑味が少ない、後味がよい
  • 玉ねぎのおいしさと甘さがでている
  • 味、風味に充実感があり,全てが融和し練れている
  • 玉ねぎとクリームのバランスがよい
  • 丸みがすぐれている感じ
  • 味がまろやかで濃厚な感じがする
  • まろやかで深みがある、口にしっとりとくる
  • 香りがよく風味が口いっぱいに拡がりまろやかであるから
  • なめらか、ふわっとしている(玉ねぎを楽しむならXの風味)
  • まろやかで上品な感じ
  • 舌に残らない
  • 飽きないおいしさ癖のなさがよい
  • 玉ねぎの味を感じなかったがおいしい(Xは玉ねぎの味を感じる)。全体としての味の好み
  • 玉ねぎらしいのはX、材料が感じられる
  • Xは臭い、インパクトがない
  • Xはサッパリしている、辛いだけのように感じる
  • クリームのにおいが強すぎる。従ってXは味がでているがYの方がよい
  • XはやわらかくておいしいがYは塩味があるような気がする
  • Xは甘味だけのような感じでぼんやりした味、Yはやや酸味のようなものもあり複雑な味
  • Xは玉ねぎ臭さが表にでていて、水っぽい玉ねぎの炒め方が悪いときの味がする。
  • Xの方が全体としての味のバランスがわるい。玉ねぎ臭さが残っている。水っぽい
  • Xは酸味がある
  • Xは玉ねぎの風味が強すぎる
  • Xはさっぱりと甘く両方よいがコクがあるので強いていえばY
  • 時間をかけての料理感がある
  • 玉ねぎらしさ、美味である
  • 味のバランス
  • 自分好みだった

 

 しかし上記のように、2種のタマネギの成分分析では糖、アミノ酸、無機質などの分析値において殆ど差がなかった。糖度は若干Xの方が高いにも拘わらず、Yの方が甘味は若干強く評価された。この甘みの違いは調理直後ではより明らかであったが、冷めると差が小さくなることは予備実験に関わった5名が一致して感じたことである。しかしその理由は不明である。甘味物質は糖だけでなく、香気成分や辛み成分でも微量で強い甘みを示すものもあり、少数の既知の成分だけで味が説明できるわけではない。

 重要なことは、既知の成分分析では差がなく、生食では差がないか、むしろ劣るとされるものが調理によってこのような大差で高く評価されるポテンシャルを発揮することである。もし、生食で評価されればその価値は見過ごされ、その結果味はますます内容のない薄い方に向かうということになる。

 今の野菜で重要なことは、容易に分析可能な成分もさることながら、むしろ未知な微量成分が、気付かれないうちにいつの間にか減ったり脱落したりすることである。勿論有害物質が増えることはさらに問題であるが、そのために有害物質のシグナルである苦味や渋みなどを徹底的に取り去れば、残るのは気が抜けた甘味だけになる。野性味のある野菜が食べたいという要望はその反動とも考えられる。

 長い食経験によって淘汰されてきた野菜から有用な成分が減少し、成分のバランスが崩れてくれば、それは味にも反映されてくるはずである。糖や有機酸のように味も物質も明瞭なものであれば、味が足りなければ調味料で補うこともできる。基本調味料である砂糖、酢、塩、うま味調味料、これらは足りない味を適度な強さに高めることによって味を調えるもので、味付けは料理人の技の決め手でもある。反対に素材の味が強すぎれば消すことはできない。また、甘味以外の調味料は水のように味のないものに加えてもおいしくはならない。冬瓜のように味の弱いものでも、僅かな味がなければそれらしい味にはならない。ベースに存在する無数の成分が醸し出す微妙な味が重要なのである。多くの人が感じている野菜本来の味、味の濃さ、奥深い味というのは、こういった不特定の無数の成分が総合された味といえる。それを1つの味で補おうとするのは、ブロイラーの鶏肉を甘くして放し飼いの鶏肉の味にしようとするのと同じである。

 ここで示された一例をもってそれが有機栽培だからということはできないが、この実験結果から、Yの方がXより上記の分析値以外の何らかの有用な微量成分を豊富に含んでいると考えるのは自然と思われる。


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