第2章 野菜のおいしさに関する検討結果
T ニンジンの官能評価と機器分析
1 ニンジンの嗜好型官能評価
実験2.ニンジンにおけるうま味の識別・認知
 この実験は前年度に行ったものであるが、未解析であったものを今年度解析してまとめたものである4)
<うま味の重要性>
 なぜうま味にこだわるのか。僅か0.01か0.02%程度のグルタミン酸は閾値以下で、ニンジンを食べてうま味に気づく人は殆どいないはずである。しかし、その僅かなうま味が極めて重要なために、うま味の発見が大発見とされるのである。うま味はほとんどの天然食品に含まれているにも関わらず、100年前の1908年池田菊苗によって発見されるまで、その味の存在は意識されることがなかった。4基本味は複雑な食品の味の中でもそれ自身の味を明瞭に感知できるのに対し、うま味は無数の成分の味と融和し、それ自身の味としては感じ難いためである。また、うま味はそれ自身快でないが、食品の味を好ましくするために、うま味とおいしさの関係はしばしば混乱を招く。味を厳密に扱うためにはその違いを明確にすることが重要である。筆者らは先に行ったニンジンの評価2)において、微量のイノシン酸ナトリウム(IMP)添加と無添加を比較したが、添加を好んだ人は、うま味を強いとしたが、無添加を好んだ人はうま味の強さの差を識別できず、ニンジン風味や甘味の感じ方に違いが見られた。これは単なる味覚感度ではなく、うま味の概念の捉え方によると考えられる。食品中でのうま味の識別・認知や強さの測定には、味わう人が食品におけるうま味のイメージ像を意識体験として形成し、それに基づいて判断しなければならない。そこでニンジンにおいて、うま味の識別、認知がどのようなプロセスでなされるかを考察した。
<グルタミン酸含量とうま味の相乗作用・その他微量成分の関係>
 実験に入る前に、うま味や微量成分の味の測定に際して考慮すべき事柄に触れておかなければならない。うま味には他の味にない著しい相乗作用がある。そのためにそれ自身では感知できない微量なうま味成分が重要な働きをするのである。グルタミン酸1ナトリウム1水和物(MSG)u%と5 -イノシン酸ナトリウム7.5 水和物(IMP)v%が共存する溶液のうま味の強さは y=u+1200uv, ただしy はMSG の濃度、で表される5)

 鰹節には種類や質にもよるが鴻巣と福家によれば0.474%とされている。全て抽出できたとすれば1%鰹だしでは0.0047%、3kg のダイコンと水に10g の鰹削り節を加えて煮たときの汁を堀江委員長が分析したイノシン酸濃度の平均値は0.0014%であった。

 また市販醤油のグルタミン酸濃度はこいくち1.421%、うすくち1.204%(調味料・香
辛料の事典:福場博保、小林彰夫編、朝倉書店)、市販みりん0.026%-0.059%、清酒0.015-0.038%((財)日本醸造協会「醸造物の成分」1999 発行)程度である。もし、野菜の煮物においてもこの式が成り立つならば、うま味の強さは表4のように推定される。


 

 MSG の検知閾は0.012%、認知閾は0.03%である。個体では溶液とは若干異なるにしてもいかに微量のうま味物質が味を支配するかが分かる。糖は閾値も高く、数%のオーダーで含まれているので、摂取量が問題になるが、うま味物質は微量であるから、栄養素としては問題にならない。しかし生物である野菜の組織や細胞で重要な働きをするアミノ酸が豊富であることはよき品質であることを示唆しるものと考えられる。ナトリウム、カリウムの検知閾値は筆者の測定では0.625mM でそれぞれ0.0014%、0.0021%、カルシウムやマグネシウムなどはそれ以下であるから、微量でもこれらは野菜の微妙な味に寄与している。それゆえに野菜の微妙なうま味や滋味が重要なのである。

<方法>

 先の実験1)と同じ大学生を被験者(n=161:85 %は女子)とし、ニンジンの出盛り時期である平成19 年12 月21 日に以下の実験を行った。ニンジンは千葉県で栽培した千浜五寸で、Brix 7.2、果糖1.1、ブドウ糖1.6、ショ糖2.8 (%)、グルタミン酸15.7、ア
スパラギン酸14.2 (mg%)であった。実験ではニンジンに0.0033 %のIMP を添加したも
のと無添加を比較し、相違点の識別と好ましさの評価を時系列的に行った。

 実験は2つに分けてやや異なる条件で行った。実験1では、ニンジン2kg に対して水2kg, 食塩10g、醤油と味醂各30gを加えて煮た。ニンジンは1 切れ約 6 g の乱切
りにした。IMP 添加と無添加試料の2つをランダムな記号をつけた器に盛りつけて供し、最初は自由に食べ比べて、好ましい方とその理由を解答用紙に記入させた(1 回目)。続いて、“これらは「だし」の味が微妙に違うだけで、ニンジンには個体差や部位差はあるが、同じロットのものを同時に同じ条件で煮たものである”というヒントを与え、一方の1切れをよく味わい、続いて他方も同様に味わってから、上記と同様の記入をさせることを4回繰り返した(2回目から5回目)。実験2では、試料はごく僅か単純化するために味醂を除いた他は同じである。評価方法も同じであるが、ヒントでは「だし」とは特定せず、調味料が微妙に異なるものとした。IMP 添加と無添加のどちらを先に味わうかが半数ずつなるように割り当てた。



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