タイトル<野菜の学校>
● 2010年度「野菜の学校」 ●
- 夏の特別課外授業「日本全国なす自慢!」レポート -
【島越敏氏講演】
「在来種からF1種への流れと今後の方向」
タキイ種苗(株) 研究農場研究員 島越敏氏

 島越敏氏は1985年タキイ種苗株式会社入社。研究農場研究員として、主になす、ピーマンの品種開発に従事し、2007年に日本で最初のとげなしなすである「とげなし千両」「とげなし千両2号」を開発されました。常に、なすとピーマンの消費拡大を念頭に、生産者には「作業性の向上、労力及び心理的な負担を軽減できる品種、農薬やホルモン剤などを使わない安心・安全な品種を」、消費者には「食味や機能性成分にすぐれていて、食生活を豊かにする品種を」と、生産者・消費者双方に喜ばれる品種の育成を心がけているそうです。


島越敏氏
 今回の催しが、地方・在来種を多数紹介する場でもあることから、人気のF1種を開発した当事者としては、ある意味では微妙な立場ともいえます。それを重々ご承知いただいた上で、F1種と在来種それぞれの役割・価値があり、それらは相反するものではなく、補い合って消費拡大に結びつくのではないかと、自社が所有する多数の映像も交えながら、わかりやすくお話しくださいました。
 また、なすは、各地の在来種を引き継いだF1種が数多くあり、大根の青首のように全国を席巻して食文化を消失させるような開発ではないことも強調されました。
 以下、島越先生ご自身による講演の骨子です。

<講演内容>
はじめに
 奈良時代には既に栽培の記録があり、長い歴史を持つなすだが、栽培されてきた品種は、1960年代を境に、高度経済成長とともに在来種からF1種に移り変わった。しかし、1990年代に入り、地方の時代が叫ばれ、村おこしや道の駅、直売所などが盛んになるにつれて、地方野菜・在来種を見直す動きが出てきた。
 今回は、なぜ在来種からF1種に移り変わったのか、F1種の特長とは何か、F1種に変わることによる食文化への影響はどうか、どのような背景で在来種は復活してきたのか、ということについて改めて考えてみた。またその流れを受けて、今後栽培されるなす品種はどのような方向に進んでいくのかということを、育種する側の立場で考察してみた。

1.地方野菜・在来種の時代
 インド原産のなすは、他の野菜に比べて日本での栽培の歴史が古く、日本各地に伝わったなすは、その土地の気候風土に合わせ、多様な形で定着した。例えば、栽培期間の短い東北では、早生で小型の丸なすや長なす、夏の暑い九州では耐暑性が強く晩生の大長なすに形を変え定着した。その中でも新潟地方では巾着なすや水なす、長なすなど、形や肉質の異なる多くの在来種が作られている。また、その土地に定着したなすは、そのなすにあった加工や調理方法が生み出され、その地方独特の食文化が生まれた。
 在来種の特長としては、様々な色、形、肉質で多様性に富んでおり、それぞれの肉質に合う加工や調理をすると非常に食味が良い。反面、比較的栽培が難しく、収量が上げにくい、果形が不揃いで、秀品率が低いものが多い、また、極端な肉質のものが多く、調理幅、用途が狭いことなどがあげられる。このような特徴は、大量生産、大量供給が求められた高度経済成長の下では適合せず、在来種の衰退につながっていった。

2.F1種時代の幕明けから普及 
 1961年、1963年にF1長卵形なすの「千両」(ハウス用)、「千両2号」(露地用)が開発され、あっという間に全国に広がり、F1種時代の幕明けとなった。千両なすは、果形の安定性、果色、肉質、食味、栽培性、収量性に優れた品種である。生産者にとっては「多収でお金になる」、流通にとっては「良い品物でよく売れる」、消費者にとっては「調理幅が広く、何にでも使えておいしい」ということで、50年近く経つ現在でも、生産者、流通、消費者から大きな支持を得ている。
 F1種の特長は、早生、多収で栽培が容易なことと、果色が濃く、果形の安定性と秀品率が高いことである。F1種の果たした役割は、農家の生産性向上と所得増加に寄与したことと、良質ななすが大量に安定供給されることにより、高度経済成長期の食料および食生活を支えてきたことである。
 ナスの場合F1種が全国に普及したものの、青首大根の「耐病総太り」のように、1つの品種に栽培・消費が集中してしまったわけではなく、長卵形の千両なす以外にも、丸なす、長なす、大長なす、水なすなど、在来種の血を引継いだ多様なF1種が開発され全国に普及していった。このため地域に根付いた食文化も、他の野菜ほど失われることがなかったと考えられる。
 また、なすのF1種の場合、その多くが優良な在来種を元にして、多くの改良を重ねてF1種の両親に育てあげており、在来種あってのF1種ということもいえると思う。

3.地方野菜・在来種の復活
 いったん衰退した在来種だが、飽食の時代やグルメブームと呼ばれる時期を経て、消費者の嗜好が高級化・多様化し、次第に注目されるようになる。1990年代に入り、地方の時代が叫ばれ、村おこし、道の駅、直売所が盛んになり、今まで以上に食味の良い個性的ななすが求められ、在来種の復活につながった。また、在来種に関する情報もそれまでに比べて豊富になり、テレビや雑誌に取り上げられたり、インターネット通販やゆうパックなどの宅配便も、地方野菜ブームに一役買っている。
 復活した在来種の中でも大阪の泉州水なすは、道の駅や直売所だけでなく、一般の市場出荷や漬物材料、中元商材など、多岐にわたって商品化され、最も成功しているもののひとつである。

4.今後の方向性

 今後、生産者の高齢化が進むことは明らかであり、育種の面でも作業性の向上や省力化を図っていくことが大きな課題である。
 その取組みの1つが、なすのとげなし化である。果実のヘタや茎葉のとげをなくすことによって、作業性の向上と傷果の減少を図ることができる。現在、とげなし品種では、「とげなし千両」、「とげなし千両2号」、水なすの「SL紫水」が育成され、普及に移されている。
 もう1つの取組みは、単為結果性の付与である。ハウス栽培でのホルモン処理労力の削減を図ることが狙いで、いくつかの単為結果性品種が育成されているが、栽培性、収量性、品質の点で、改良の余地が残っている。

おわりに
 地方の時代といわれて久しいが、各地の道の駅、直売所などは益々盛んとなり、地方野菜もやっと定着した感がある。その中で、改めて在来種とF1種に焦点をあてた今回の話題提供が、今後の農業の活性化に、少しでも役立てば幸いである。

 

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